カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

発売翌日の2017年5月29日現在Amazonランキング「日本文学」部門で第3位!

また短編集「教育と育児」も好評発売中です!


アイドルが「掟破り」の結婚宣言する前に「推しが武道館いってくれたら死ぬ」というマンガを読んでほしい件

 

朝目覚めたら、Twitterが魑魅魍魎阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

その事件とはいうまでもなく48グループの総選挙で、NMB48の須藤凛々花が結婚宣言をし、その相手もいるとスピーチでぶっちゃけた話だ。

Twitterの反応に、不覚にも笑ってしまった。

 

 

 

 

今回はこの事件から思わず想起したアイドルについての雑感と、ぜひ読んでもらいたいドルヲタマンガ「推しが武道館いってくれたら死ぬ」について言及したいとおもいます。

このマンガ、アイドルにこそ読んでほしい。

 

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子どもが生まれてからオナヌーできない問題。

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とつぜんだけど、セッ久とオナヌーはちがう。

ぼくはそうおもっている。
日頃のストレスやらお酒飲んだときとかのやり場のない性欲は射精によって回収されるといえばそうなんだけど、射精すりゃいいってもんじゃない。仕事でも主にビジネスビジネスとぶひぶひいってる連中がよくいうじゃないですか、
 
「結果よりも過程が大事だ」
 
って。ぼくはすげーそうおもうんですよ、射精より、射精にいたるまでの経過が、射精の満足度をあげる。そして射精の満足度っていう座標軸はひとつじゃない。
たとえばラヴェルの名曲「亡き王女のためのパヴァーヌ」でも、ピアノ独奏とオーケストラだとぜんぜん違うし、どっちがいいとかそんなん比べられない。独奏には独奏の良さがあり、あの音楽を作るまでの表現的なプロセスも独奏ならではのものがなされ、オーケストラでもそれはしかり。
射精もおんなじ。
 
射精は表現なんだ。
 
目次
  • なにがちがうの?
  • 結婚してからはどうやってオナヌーしてたの?
  • 子どもがやってきてから
  • 平和的解決に向けて
  •  あわせてどうぞ!
 

オフパコを夢見るネクラ男子のために出会い系アプリ攻略法をえっちな主婦(20代後半)に聞いてみた。

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※このエントリーは出会い系アプリ、婚活マッチングアプリについての言及が含まれます。また、一部悪趣味なユーモアを含む表現もございますが、あくまで上記サービスのある女性ユーザーの意見をまとめ、それを踏まえたより円滑なコミュニケーションを図るための手法の提案を主旨としており、不純異性交友や不倫行為を推奨することを意図していません。この点に関して、あらかじめご了承くださいませ。

 

恋愛がダルい。

とにかくダルい。

 

これまで友人に散々「恋愛サイコパス」呼ばわりされていたので、自分のなかの恋愛要素を必死で絞り出してみた。

この記事はその実践の記録である。

 

こちとら既婚者なので別にもう恋愛なんてしなくてもよいのだけれど、しかしとりわけお下品な話題をこよなく愛してしまっているがゆえに、猥雑としたコミュニティのことは気になって仕方がない。

 

最近の大きな話題といえば膣ドカタわ自称する高学歴男性に特化して次々と「優勝」をキメていく「ち◯ぽの食べログ」ですっかりおなじみになった「暇な女子大生」というカリスマ・オフパキスタの存在だ。

twitter.com

赤裸々に、そして下品を突き抜けた異次元の饒舌で現役東大生・東大OBを中心とするエリートとの情事を語るツイートは話題に話題を呼び、各種メディアでも取り上げられるほど。

一部では「既存のジェンダー論を完膚なきまで解体し、そしてそこに新たなる地平を切り開いた開拓者」などもも評されている。

 

こういう女子がいるという事実を知ると、

「おれもオフパキスタになれるんじゃね?」

という男性も多いのではなかろうか。

実はぼくもおもった。いや、おもってない。少しだけおもっただけだ。ていうか全然おもってないし!

しかし家から一歩も出ない生活をしている我々ネクラ系オタク男子にとって、彼女らは光り輝いて見える。

これは宇宙の真理である。

 

女の子といちゃこらしたい。

 

この地球上35億人の雄叫びを、ぼくは否定しない。

だからこそ「若布酒」というペンネームにかけて立ち上がった!!

 

文筆業なめんなよ!!!

 

いまこそぼくの文才を使う時がきた。

 

こういう出会い系やらマッチングアプリやらを使っている女子とはどんなひとなのか。

 

今回は実際にそういうサービスをぼく自身が利用し、オフパキスタ女子との接触、そしてLINEでのインタビューを試みた。

以下はその奮闘記である。

 

目次

  • ぼくが「tinder」を使わなかった理由
  • 「ワクメ」「ハピメ」の業の深さよ。
    • 「ワクメ」と「ハピメ」の優劣はほとんどない。
    • 無料お試し分でも十分戦える。
    • いわゆる「ワリキリ」について
  • ネクラ系オタク男子のぼくがえっちな主婦と仲良くなったプロセス
    • ファーストアプローチについて
  • えっちな主婦・のんちゃんへの質問
    • Q.疑問形返しはウザい? 
    • Q.返事をするかしないかのポイントは?
    • Q.他の女の子をどうおもってる?
    • Q.  どうやったら友だちができるのか?
    • Q.やり方を忘れたんだけど?
    • Q.いい男性とは?
  • まとめ
  • ほかにこんな記事を書いてます↓

 

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【お知らせ】電子書籍アンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ(惑星と口笛ブックス)」が発売されました!

まちゃひこです。今日はちょっとした活動報告です。

 

目次

 

「ヒドゥン・オーサーズ」が発売!

以前からちょくちょく告知していました、電子書籍アンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」なのですが、今朝から配信が始まったようです。

 

本の紹介文を公式ホームページから引用すると、

日本の現代の詩、俳句、短歌、小説の新しい才能、隠れたオリジネイター、不当に看過された書き手の作品を集めたアンソロジーです。どこにも属さないノ-ウェーヴの書き手たちの驚異の世界。

 

著者:相川英輔、大滝瓶太、大原鮎美、大前粟生、岡田幸生、小川楓子、斎藤見咲子、杉山モナミ、谷川由里子、谷 雄介、照子、西崎憲、野村日魚子、ノリ・ケンゾウ、伴名 練、深沢レナ、深堀 骨、みみやさきちがこ、若草のみち

 

惑星と口笛ブックス

とあります。ぼくはゲラの段階ですべての作品を読ませてもらいましたが、とてつもないエネルギーに満ちています。非常にユニークな作品集だと思っていますので、一人でも多くの方に読んでいただきたいと思っています。

 

ちなみにぼくも「大滝瓶太」として短編小説「二十一世紀の作者不明」を寄稿しています。

かれはそこにある本を手当たり次第に読んでいった。一冊読めば好奇心が枝のように図書館に縦横無尽に網を張り、はじめは望まなかった本が望んだ本へと変わり、かれはそれらを「読むべき本」と呼ぶようになる。その頃のかれは青年というにはまだ幼いけれども、脚立を使わなければ届かなかった一番高い本棚にも背伸びをすれば届くようになっていて、一日一回は髭を剃らなければならないほど毛深くなっていた。指数関数的に膨れ上がった「読むべき本」たちを、一度きりの人生で読むことはもはや不可能になっていた。かれは選ばなければならなかった。「読むべき本」のなかから、「ほんとうに読むべき本」を。

(「二十一世紀の作者不明」より)

 SFと文芸批評の中間みたいな小説だと思います。

ぜひぜひ読んでみてください。感想などいただけると嬉しいです!

 

「惑星と口笛ブックス」について

ヒドゥン・オーサーズを出している「惑星と口笛ブックス」は、作家であり翻訳家でありミュージシャンであり編集者である西崎憲さんが主宰している、個人の出版レーベルです。

電子書籍出版のメリットは低コストで出版でき、かつ在庫が出ない、そして絶版とは無縁であることなのですが、これによって紙媒体として出版しても「採算が取れない本」を世に出しやすくなります。

この「採算が取れない本」というのがなかなか難しいもので、マニアックな海外小説やら知名度の低い新人作家、ぶっ飛んだ作品、愛好家が少ない表現分野などが挙げられるのですが、「惑星と口笛ブックス」はそのようなものに目を向けたレーベルだそうです。

そう考えると、「ヒドゥン・オーサーズ」はこのレーベルを象徴するような企画になっているわけで

 

また、第一回配本は、「ヒドゥン・オーサーズ」に加えて大前粟生の処女短編集「のけどものどもの」も発売されています。

 というわけでみなさま、よろしくお願いいたします。

無機質なものとしての生命、人間依存しない知性/「BLAME!」「横浜駅SF」について

 

毎週水曜日はシネリーブル神戸が安いので、午前中に映画「BLAME!」を観てきた。

原作は弐瓶勉のマンガ作品であるのだけれど、その個性の強さゆえに一般性は低い。「ハードSF」と呼ばれるように非常に重厚で煩雑な設定を持った世界観であるにもかかわらず、作中でセリフはめちゃくちゃ少なく、設定が設定として語られる機会というものがほとんどない。そのため、このマンガは「よくわからないデカい場所をひたすら歩き続けるだけ」という印象を持ってしまうのもぶっちゃけ無理はないのだけれど、しかしぼくはそれが悪いとは思わなかった。

 

原作について

「BLAME!」で徹底して描かれるのは「基底現実」と呼ばれる人間がかつて生み出した機械が自律的に制御する都市だ。そしてその都市はといえば、果てしない階層構造へと成長し、惑星を覆い尽くしている。

人間たちはかつて都市の管理機構の制御権を持っていたものも、ある日突然始まったという「感染」という厄災によりその権限を失い、機械により「排除対象」とみなされる。昨今よく言及されるシンギュラリティ(科学的特異点)以後の世界についての「最悪の結果」だとも言えるありかたになるだろう。

作者の弐瓶勉自身もたしか言っていたことなのだけれど、

「BLAME!は背景(都市)が主人公」

だという。SF作品らしいアクションシーンは決して少なくはないのだけれど、この作品の特徴の1つとして、動的な印象が全くないということがある。絵画的、とでもいえばいいだろうか。どれだけ生物たちが都市のなかで激しく立ち回ろうとも、都市の巨大さゆえにかれらの振る舞いなど無視できるレベルの微小さでしかないことを思い知らされるような、冷徹な巨大さがなにもかもを静止させる。

この作品はひたすら「都市の全体像」を立ち上げようとする意思に満ちていて、主人公の霧亥とは、究極的には都市を内側から覗くための感覚器官でしかない。しかし、この都市の全貌が見えすぎてしまうと、丹念な描写によって作り上げられた「都市」そのもののアイデンティティが根本的に損なわれてしまう。このことに関しては、余計な説明をうだうだ続けるよりも、カフカの未完の長編作品「城」を思い浮かべてもらったほうが早い。これを引用すれば一言で済む。すなわち、「城」は辿りつけないから「城」なのだ。

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