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カプリスのかたちをしたアラベスク

小説とか映画とかアニメとかサブカルな文芸界隈。批評未満。すぐにおセンチな気分になる。ご連絡は machahiko1205★gmail.com(★→@)まで。

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New York City

写真(photos)

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「イサム・ノグチの彫刻は、徐々に石を削らなくなる」

とダイキが言ったのはMETのなかの Water Stone の前だったのだけれども(上のやつは彼の「赤い立方体」)、彼が続けて言うのは、たとえばローマならば伝統や歴史の類は守られるものなのだけどアメリカもとりわけニューヨークっていう街ではそれらは作られるものだった。それは逆を言えば守るべきものがないゆえの行為で、独自の文化の不在なのかもしれない、たとえばピザはアメリカの料理ではないけどコーラをつければアメリカ料理になるというちょっとしたジョークのようなもので、それは一種の悔しさがあったのかもしれない。イサムの彫刻は、とりわけ晩年は日本庭園の影響を強く受けていて、それは日本文化の踏襲であると同時にアメリカのオリジナルでもあった。

 

メトロポリタン美術館(MET)はすごく行ってよかったし、それについて言い出せばキリがないのだけれども、セゴビアの愛器だったラミレスとハウザーが展示されていて、セゴビアの演奏がそんなに好きじゃないぼくでもやっぱりこの楽器からポンセやタンスマンやモンポウの今じゃとても大切な近代音楽が初演されたことを思うとぐっとくるものはあって、セゴビアのこの仕事は20世紀、たぶんもっと先までののギター音楽の基盤なのは間違いないのだったから、そこにあったのはその始まりの楽器。