カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

発売翌日の2017年5月29日現在Amazonランキング「日本文学」部門で第3位!

また短編集「教育と育児」も好評発売中です!


はじめての小説

 

星座から見た地球

星座から見た地球

 

  

三姉妹とその友達

三姉妹とその友達

 

 

 

 

 以前、福永信さんがリズールで朗読会をしたとき(じっさいには福永さんが朗読したのではなく劇団の朗読劇で、それはとてもすばらしかった)、かれははじめて書いた小説がほんとうのはじめての小説とは限らないんじゃないか、といった。ではどれがかれにとってのはじめての小説だったか、というのはぼくのポンコツな脳みそは忘れてしまっていて、たしか「星座から見た地球」「三姉妹」のどちらかで、前者だったような気がするけどほんとうかどうかはやっぱりおぼえていない。客観的に見ての、小説、という現象が発生した時系列の先頭を「はじめて」と呼ぶのはたしかに便宜的過ぎるような気もして、何となくわかるなあという印象だったけれども、今回、じぶんで原稿用紙240枚の小説を書いてみて、福永信さんのいっていたことをたぶん経験したんだと思った。はじめて書いた原稿用紙8枚の小説以上に、書いたことを記憶から消したいずっと前の250枚のもの以上に、これははじめて書いた小説だなあと、じぶんで思った。かなしいくらいに、ぼくが書いた小説だと思った。

 一年半前の四月に今回のものの下敷きになる50枚程度の短編を書いたとき、ぼくは小説を書くということがとてもむずかしいことだと認識していて、なにか特別な技巧や言語を組み合わせて、だれも知らなかった世界をじぶんのなかからの産み出さないといけない思っていた。しかし、小説を書いていくなかで、そういう認識をしなくなってきて、具体的には去年の12月に90枚程度のものを書いたとき、これはたしかにぼく自身が書いたものだけれども、ぼく自身ではない、という強い認識があった。書き手の内部からえもしれぬ感情の絡み合いとかそういうものを引っ張り出すこと、ただ唯一無二の存在である「わたし」をさらけ出すことこそ小説を書くというものだ、とたくさんのひとにいわれてきたけど、もちろん、そういった方向からのアプローチでのすばらしい作品をぼくはたくさん知っているけれども、すくなくとも、ぼくはそういう書き方をする人間じゃない。もし、小説がそういったものしか許されないのだったら、ひとと同じように生まれ、欠落の無い家族と過ごし、学校へいき、友だちができ、ときどきイジメとはいえないぬるい阻害をうけ、働いたり、恋したり、結婚したり、家族を持ったりするなかで、いわゆる壮絶さと無縁の人生を生きて死んでいくことが、小説として書くに値しないということになってしまうような気がする。もちろん、ひとは細かな点で違っていて、だれもが唯一無二の存在だというのは当たり前だと思っている。だからこそ、だれもがひとつのオリジナルな物語を内部に所有できる、しかし、それならば多くのひとはひとつの小説しか書くことはできないだろう。ぼくの場合、じぶんが特別な存在だなんて生きていて一度も思ったことがないし、あまりにも平凡すぎて天才と呼ばれるひとたちがとてもうらやましく思うこれまでの人生の大半で、ぼくという存在のなかに書くべきことなどひとつとしてないだろう。書くべきことがあるとすれば、それはいつも体の外側にあって、それを見つけること、小川洋子さんのことばを借りるなら、最初の一文の小石が落ちている広場でおもむろに拾い上げたひとつの小石を道しるべに、あるべき物語をたどっていく、たしかにある、けれどもいまだ書かれていない物語こそ、ぼくが書きたいもので、書くべきもの、「べき」なんて言い方は大げさすぎるけれど、書く必然をもつもの、と漠然と思う。最初の一文から物語を歩き始め、その軌跡をいずれ、ぼく、と呼ぶだろう。そう考えると、じぶんなんていうものは、はじめにいなくても否応なく後から現れてしまう。そういうものなら、真っ白な紙を前にして考える必要はないだろう。そう思って、今回小説を書いた。目の前の一文から、つぎの一文だけを見た。そうやって始めてたものがちゃんと終われた。推敲のときは、違う時間にいる多数の別なぼくがあまりにも多すぎて苦労したけど、きのう、文学賞に応募できた。ひさしぶりだった。ゆうゆう窓口のおじさんにレターパックを渡した後の帰り道、歩けているのが不思議なくらい疲れがどっときた。家に帰ると仕事を休んでいた妻がマスクをしていて、ぼくが帰ってきた夜十時までごはんを食べないでいた。妻はいつものようにぼくとたくさん話をしたがっていたけれど、ぼくは妻がなにをいっているのか聞き取れなかったから返事もたくさん忘れた。全力をつくしたのははじめてだったような気がする。お酒を呑んでたら、今回の小説を読んでくれていた友だちからメールがあってうれしかった。もうなにも考えられないと思っていたけど、次に書くもののことを具体的に考えていた。きっと小説を書くということは、そんなにむずかしいことじゃない。