カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

発売翌日の2017年5月29日現在Amazonランキング「日本文学」部門で第3位!

また短編集「教育と育児」も好評発売中です!


ささいなことを耐えること

 

悪霊 (上巻) (新潮文庫)

悪霊 (上巻) (新潮文庫)

 

 

  朝起きてまだ眠くて眠り、起きた妻は風呂の排水溝を掃除した。ひとつの汚れがつぎの汚れの注意をひいて、一時間半かかった。それから起きて風呂に入って、職場のなにかでもらったらしいデニッシュを食べておいしかった。朝昼兼用だった。

 クランチマガジンに復帰したのでせっかくだからまだネットにさらしたことのない小説をアップしようとして、少し前に友人の同人誌に寄稿したものを思い出して、これはしれっとあげていいのかわからなかったけど、あの計画がいろいろどうなっているのかわからないのもあって、著作権譲渡(!?)とかそういう難しい話はしてないし、怒られたら取り下げればいいやという低い責任意識で公開した(二十一世紀の作者不明)。クランチマガジンは一度やめる前に比べて評価システムがすごく発達していて、投稿してから何度も同じページで更新ボタンを押し続ける何も生まない機械になってしまった。ほんとうはボラーニョを読みたい時間だった。こういうドキドキするだけですごす不毛な時間はずいぶん久しぶりだった。妻は夜に広島からくるおおの先生と食べにいくご飯を、彼女とメールで相談していて、わたしが少し多く払ってもいいから高めの焼き肉を食べに行きたいと思って、そうなることが決まったようだった。

 ぼくは夕方から内定者と若手社員の交流会へ出掛け、阪急ではドストエフスキーの「悪霊(上)」の文庫を読みたかったけど、投稿した小説のことが気になってあまり読めなかった。ペダンティックな小説だからぼくが過剰に嫌なやつに見えそうで、べつにいいやつとはいわないけど、なんとなく怖かった。会社では福利厚生の説明を簡単に受けて、それからぞろぞろいろんな社員さんが11人いたぼくら内定者を動物のように見た。好奇心と時間のやり過ごしかたの困惑が、どんより混ざった。

 それから飲みにいって、そこで入社10年目のひとの次に歳上なのがぼくだと若手社員さんが知って驚いていた。ぼくはあんまり歳のことと学歴のことについて、他の内定者にくらべ変わった経歴だからいままで何を考えてどう過ごしてきたかを聞かれたらいうことは全然構わないし、いまのありかた、なんてのはなしで接して欲しいけれど、

「京大なのに、とかじぶん、これからけっこういわれんで」

 と入社一年目のひとにドヤ顔でいわれて、無性にカチンときた。これは考えるまでもなく、ぼくが前述したような差異にたいし、敏感でありすぎたこと、プライドが高すぎたことに他ならない。学部を出てからの五年の時間ぼくは必死だった、その経験がすごくいまの正しいありかたの邪魔をする。そしてそれはこのひとにはただの「お勉強」として見る。ぼくがプライドを持っているなら、それは学校の名前じゃなく、五年間のありかただった。それが、

「学生ってええよね」

 ということばに露骨にでる。や、プライドを持つ方がわるくて、わるいのはぜったいぼくだ。しかしなにが嫌だったかと言えば、ひとが下手に出たことや、内定者と社員という絶対的な上下関係を使い、高学歴の歳上にたいして偉そうに振る舞うことに満足しているような態度を、そのひとはぼくに見せたからだった。そのひとに「じぶんな、」という二人称でたくさん呼ばれた。関係性以前に、初対面のひとになんでこんなに偉そうにしゃべれるのだろう、とかなり不快に思ってたら、つい飲みすぎてしまって、わりと早い時間でべろべろになり、そこからぼくは下ネタのことしか言わなくてみんなをたくさん辟易させてしまった。となりにいた同期のもりぐち君にとても気を使わせてしまって、ほんとうに申し訳なかった。

「もっとかたい奴かと思ってたら、お前はとんでもないゲスやな!」

 と一番上の社員さんにいわれて、ははは、と笑って二次会を途中まで参加して中座して帰ってきた。ゲスでも笑ってもらえるならそれでいいやと思った。笑わすのは好きだったけれど笑われるのはきらいだったむかしから、もう笑われてもいいいまになろうと思った。電車のなかでクランチマガジンを確認して反応があってうれしかった。ちゃちゃおから電話があったけどとれなくてTwitterから電車に乗ってると返事した。小説(イルイナイ)読んだ、と教えてくれて、おもしろかったみたいでうれしかった。あれだけ様々なことをやって小説を書かないひとに読みきっておもしろいといってもらえたことがちょっと信じられなかった。また電話する、と返事をした。

 家に着いたら妻とおおの先生が酔っぱらっていて、どちらもすぐに眠ってしまいそうな顔をしてたのでおおの先生のおっぱいのカップを言い当てようとして二回間違えた。

「今日どうやったん?」

 と妻に聞かれ、

「ぼくは全然だめなひとで、サラリーマンになれる気がしない」

 といったら、

「三年前、や、もっと前からそれはわかっとったやん」

 と妻はいい、傍らの飲みかけの赤ワインをひとくちのんで、

「でもそれをやるっつったんはあんたやろ」

 といった。テレビはチューボーですよ、で、妻はそれを見てワインを飲んで重く頭をふった。

 おおの先生の目は、もう開いていなかった。