カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

「波 2017年7月号(新潮社)」など、雑誌にもちらほら取り上げてもらいました。

また短編集「教育と育児」も好評発売中です!


二十七歳のぼく たくさん生きること

 

 

 自由、という意味で残された時間がとてもすくない今年だから、ほんとうに考えたいことだけを四月までは考えようと思って、妻が仕事にいったあとは本を読んだり電車にのったり椅子にすわったりした。スマホの充電器を去年に忘れてきてしまっていて、PCにつないでみると0%と20%を往復するだけでほとんど終わる。だから今日は電気屋さんで白い充電器を買っていまは70%まできてて、おお、と思った。

 ぼくの親しいひとたちのあいだで、ぼくはいつ仕事をやめるかっていうのを月単位で賭けることがはじまっていて、半年か三か月が多くて、いまのところ一年はいない。四月からの仕事は広告の営業で、ぼく以上にぼくのまわりのひとが不満そうだった。研究室の先生には、

「それ、一生やるつもり?」

 と去年の忘年会でいわれ、

「いえ、文章を書きたいなって思ってます」

 というと納得してくれた。世界を放浪してほしいなぁ、と先生はいって、ぼくは行きたいなと思ったその日、家に帰ると妻は世界遺産のテレビ番組のせいでコロンビアに行きたいといっていた。コロンビアはメキシコのひとがあぶないからいったらだめだよ、っていうことをアメリカ人の友だちから聞いたことがあった。だけど行きたいとぼくも思った。コロンビア組曲二番を思い出した。モンターニャ。

 

 

人生でたくさんの経験をしてから小説を書いても遅くなくて、むしろ人生のたくさんの経験をしたから小説がかけるのだから、といくらかのひとはぼくを説教したがるから、最近はひとに小説を書いてることをどんなにちいさなことでもいわないほうがいいのかなと思った。その説教はぼくの書く文章たちに向けられたものではなく、あくまでぼく自身に向けられたもので、そのほぼすべてが「おまえはなにを甘えたことを!」と叱りたいんだな、というのがどうも透けて見えて嫌だった。ぼくは生きてないのか…とすこし考える。こういうことは考えたくない。しかしひとのいう「経験」というのは、わかりやすい労働をすることにほとんど限られていて、それ以外のものを「経験でないもの」、限りなく空白にちかいものとみなしている気がしないでもない。ぼくがひたすらに学校や学校でない場所で椅子の上で論文を読んだり数式をいじったりPCで計算コードを書いたりする営みは、かれらにとっての経験ではないとするならば、世界に小説はこんなにもなかったんじゃないかと思う。ぼくはたしかに同世代のほとんどのひとたちにくらべてゆるやかな時間のなかにいる。だけど、時間がゆるやかだからといって、社会生活からはすこし遠いところにいるからといって、なにも経験してないのかといえばそれは違う。それに、経験は蓄積されるだろうけれども、個々の経験と「わたし」のあいだの関係性は、ぼくが歳を重ねるにつれてかわってゆくし、小説を書く、という営みにおいてはこの関係性こそが真に必要なものだと思う。二十七歳のぼくが書けるもの、それはけっして四十歳のぼくのかけるものではないし、どんな時間のあなたが書けるものでもない。だから小説を書く、ということに早いなんてないのだと最近は思う。ぼくはすこし遅かった。だけど書くことによって蓄積される絶望に押しつぶされて書くことをやめてしまう、ということもあるのだろう。そういうひとを何人か見てきた。ぼくはつぶれたくない。だからいまは、とてもつまらないものを書いてしまう可能性がこわい。すごくこわい。それでもその恐怖さえも小説を書く、ぼく、二十七歳のぼく、の経験としてこれから書くだろうまだ書かれてない小説へと入り込んでしまうことは避けられない。それはきっと絶望じゃない。だからぼくは二十七歳のぼくの小説をこれから書く。

 

 

あけましておめでとうございました。