カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

発売翌日の2017年5月29日現在Amazonランキング「日本文学」部門で第3位!

また短編集「教育と育児」も好評発売中です!


いつかの日記とクルジジャノフスキイ

 

未来の回想

未来の回想

 

 

 

神童のための童話集

神童のための童話集

 

 

 

週末は寝てアニメを見て本を読んでアニメを見てお酒を飲んで眠ると、眠ってアニメを見て本を読み、美術館へいってアニメを見て本を読んでお酒を飲んだ。たのしかった。

休みの日にひたすらアニメを消化しているけれど、今期は抜群にシドニアの騎士だとおもっていて、弐瓶勉BLAME!のことをおもいだしたかった。セリフが全然ない漫画で、これをぼくに教えてくれた先輩(たけさん)は7巻だけ持っていて7巻がすきだった。今度読んでみようと思った。
シドニアの騎士は正道SFをうたっているだけあって、すごくSFSFしていてSFをみたな、SFをみてるんだな、という感じがすごくある。同時に、とてもなつかしい気分になる。というのも緻密な設定のひとつひとつが、どれもどこかで見たものに極めてにていて、その貼り合わせによってシドニアというひとつの世界をつくられていて、かつ、あからさまな死亡フラグがいちいち丁寧に回収されるからのようにおもわれたからだった。ひとことでいえばとてもベタだ。けれども、古典的であることに対しぼくは悪い印象を受けなかった。むしろ、シドニアの騎士は「SFが好きなひとのためのSF」みたいでうれしい。それに対してポストエヴァ作品群のなかで散見される駄作の典型としか見えないキャプテンアースは、そもそも作ろうと思うことじたいがどうかしている。

美術館で絵をたくさん見た。へぇー、とおもった。歩き疲れたあとにコーヒーを飲んでいると、テラスで同い年くらいの女の子が靴を片方脱いでのんびり友だちと話していた。海沿いのテラスなのに海が見えないねって話を嫁氏とした。

クルジジャノフスキイの「未来の回想」を読んだ。短い小説なのにすごく疲れた。クルジジャノフスキイの小説は、基本的にわからない。今回読んだ「未来の回想」は今まで読んだかれの小説のなかでは圧倒的にわかりやすいはずだったけれども、それでもわからなかった。ただ、もしもクルジジャノフスキイの小説が理解可能なものとして読めてしまったならば、かれの小説をおもしろいものとして読むことはできないような、そんな確信もある。クルジジャノフスキイの描出する空間は、ことばが使われるほどにゆがんでいき、やがてはひとがひとであることをやめ、ひとでないものがひととしてあろうとする。とりわけ「神童のための童話集」がそうだった。そして「未来の回想」においては、その歪みが時間の裁断というものへと意識が向けられており、時間の裁断を科学的な方法で実現しようとし、あらゆる時間理論を古代から当時最新の理論を参照しながら独自に発展させる。クルジジャノフスキイの圧倒的な知力にはびっくりするけれど、しかし途中からクルジジャノフスキイ特有の認識の歪みが強く出る文章が氾濫する。そうなるとほんとうにもうわからなくなる。それに、一生かかってもわからないんだろうなとおもう。

乾杯戦士アフターVを見た。おもしろかった。

 

 

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