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カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

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会社、いわゆジコケーハツやらコンジョーやら、社畜の契約

「お前は頭がいいのに、業務効率が悪い」

と上司にいわれ、頭がいい、という点を否定してから、はい、よくいわれますと答えたら、上司はいうのだった。
「たとえばどこか一日、スケジュールを分単位とか細かく書いてみて、そして無駄な時間をあぶり出して見るんだ」
 
その日の帰りの電車では本を読む気になれず、ぼんやりいわれたことを考えていた。分単位とはいかなくても、一日はこんな感じだった:
 
 
朝、7時に起きて15分後に家を出て、8時半くらいに出社して(いまだと30分くらい遅くなってきた)、20時前に退社して21時過ぎに帰宅、家に帰ると飯を作るか作ってもらうかして食べて、本を読んで風呂入って本を読んで寝る。調子が良かったら小説を書いたりする。
 
 
そんなことを考えていたら1日で12時間以上ムダな時間があることに気がついた。通勤を含め、仕事に使っているすべての時間が、なによりもムダじゃないか!
 
 
いままで、一週間のうちでひとと話したことばなんてA4の紙1枚に余裕でおさまるような生活だったけど、営業職をやっていると、1ヶ月で去年1年分の会話をした気分になる。いまの仕事じたいがおもしろくないものだとはおもわないし、売れないながらもそれなりに機嫌よくやっている。なにがキツイって、この仕事に限らないとおもうけど、音が多すぎることだ。ひとの声、電話の音、キーボードのタイプ音…とにかく、社内で仕事に集中できない。そして根性論がまかり通る。所属部署の業績がよくないと、上司からメンバーにメールがくる。効率営業マンのオレtueee!ブログとか、「最後までやりきる!」的な自己啓発だか根性論だかをスバラシク謳いあげるブログだとかのURLが送られてきたとき、「この会社に1年以上いてはならない!」という直感が芽生えたけど、これもお金のためだ…金のためだ…と耐え、考えないようにしていた。
 
が、見直してみると、そういものに時間を使っているということじたいが非常にムダだ。なにか、いろんなものを損ないすぎている気がしてならないし、なによりまずいのは
 
稼ぐこと = 耐えること
 
の構図がバッチリ出来上がってしまっていることのようにおもえる。たぶん、これこそいわゆる「社畜」のはじまり、この構図を飲み込むことこそ会社との社畜契約のような気がした。ぼくは「辞表  書き方」をググった。
 
 
そしたら一通の手紙が届いた。
奨学金の返済が10月よりはじまります」
と書いていた。