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カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

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第19回文学フリマで出店など

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先週のことなのだけど、文学フリマで同人誌「らくせん」を売り、用意した40部が売れてとてもうれしかった。お買い上げいただいたみなさま、ほんとうにありがとうございました。

あの3連休はたくさんの小説を書く友だちに会えて、もっと小説以外の話をしたかったりした。そうおもっているのに、お互いのもっとも深い共通点であること以外のというのがあまりにも多すぎて、どれをどう選べばよいのかわからないし、そうであるじぶんというのはいかに他人に興味がないかみたいなのを垣間見ちゃった感じになって、帰りの新幹線とかで、ウワァ!ってなったりする。ここ1週間はしんどかった。嫁氏との会話すらほとんどできないくらいひとのしゃべる声の意味がわからなくて、人間の声がこの世の中のどんな音よりも苦痛な音で、じぶんの声でめまいがした。今日は会社の同期の誕生日で昨日にそのお祝いをして、来週誕生日のぼくもついでにお祝いしてもらった。花火がついていたケーキの花火が消えてから食べたケーキは甘くておいしかった。外周をたくさんたべた。



「らくせん」について。

本をつくる、ということ、それをじぶんの手で売るっていうことがとても新鮮で、福田さんが「やろう!」といったり、宇野さんがぼくの書いたものを「本になってくれるといいなあ」なんて言わなかったら、ぼくはぜったいやらなかっただろうし、そもそも同人誌をつくるなんて発想を持たなかった。ぼく自身、本というものが、力そのもの、みたいなふうに考えているところがあって、じぶんでない誰かを圧倒できる程度の力を持っていないと、本、というかたちをとってはいけないものだとおもっていた。だから、いまのぼくは力がないのだから、本にするなんてありえないとおもっていたけれど、はじめ福田さんがいったのは「同人誌つくって文フリにいってみんなで遊びましょう」みたいなことで、そのとき、なんだそれでいいんか、みたいなものがあった。宇野さんやQ平や澤雪さんにも会いたかった。佐川さんとは飲もう飲もうといいつつ、最後に会ってから1年が経とうとしている。巻き込みたいひとをたくさん巻き込みたいなーみたいなのはあって、原稿をお願いしたひとはみんな快諾してくれた。
みんななんで原稿を出してくれたんだろうってふとおもう。かかるお金はそんなに安いわけじゃないのに。発表するならネットで無料でできる。しかしなぜ、お金を払って本をつくるんだろう。でもぼくが宇野さんの立場だったら、やっぱりよろこんで参加したとおもう。ぼくの場合は、話したいひとたちと会う理由がただ単に欲しいだけな気がした。

そもそも文学賞落選作品を集めたのは、単に原稿を集めるのが楽だから、という理由にすぎない(ぼく個人の理由)。それで自虐ネタとしての表紙を作って(うちの嫁氏が「この敗北感!」と割と気に入っていた)、さらっと入稿してすぐにできあがった。
「らくせん」を買うひとなんてほとんどいないとおもってた。宣伝に力も入れてないし、黒字出す気もないし、だから知り合いにしか売れないだろうけど、知り合いすら少ないから全然売れないとおもっていた。けれど、いざ文フリが始まると、買ってくれたほとんどのひとが知らないひとで、ブースもとっちらかったぼくらの本をどうして買ってくれるのか不思議だった。すごく複雑な表情をして買ってくれるひとがいたり、無言で真剣に立ち読みしてくれるひともいたり、買ったら負け感と戦ったりしているひとがきた。お客さんのいないときに、澤雪さんの解説を読んだりしていて、その最後にパリのサロンに落選した絵画を集めた作品展のことが書いてあった。
あれはいままで、おれの作品はこんなに素晴らしいのにどうして評価されないのか!みたいな怒りの衝動で開かれたものだとばかりおもっていたけど、奇しくも似たようなことをしてみて、ひょっとしたらかれらは単に騒ぎたいだけだったのかもしれないとおもった。ぼくは27歳になってから27歳としての小説を書くことを目指していたけれど、結局これまで1作もできてないまま、来週の金曜日に28歳になってしまう。「らくせん」に掲載した「ヒア・ゼア・エブリウェア」を書いたときは26歳で、あのときぼくはこれで間違いなくプロになるんだと確信していたけどなれなくて、それからなにもできない1年だったけれど、そうじゃなかったかもしれない、すくなくとも、次の小説はこれまでとちがってたのしく書きたい、そういう発想はこれまでなかった気がする。宇野さん、福田さん、佐川さんがどんな感じで「らくせん」に寄稿してくれた小説を書いたのかはわからないけど、みんなそれなりの苦痛をともないながらそれぞれの作品を書いたとおもう、だけどその苦痛もギャグとして笑えるのがいいなーっておもう。ぼくらの作品は「草上の朝食」みたいな強さはまだたりないだろうけど、しかしマネとかがやったことと同程度にはおもしろいことをしたい気持ちが(まちゃひこ個人には)ある。これまでとちがう理由で小説が書きたくなった。

近いうちに廃刊できるようにがんばります。