カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

「波 2017年7月号(新潮社)」など、雑誌にもちらほら取り上げてもらいました。

また短編集「教育と育児」も好評発売中です!


またしても文春砲?文学の特権なんてねぇよ。

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※画像は「人生に、文学を。」プロジェクトより引用

 

今年は本当に文春イヤーだなぁなんて思う。

完全に炎上商法なのだけど、全力で釣られてこそブロガーというものである。

 

今絶賛炎上中の「人生に、文学を。」は日本文学振興会(実質的には文春)が主催する読書啓蒙イベントとのことだけれども、このキャッチコピーが物議を醸してる。

どこがといえば、それは画像にある

どうやって人生を創造するのだ(アニメか?)

の部分なのだけれども、ネットではあんまりよくない反響が出ている

 

日本文学振興会の広告「人生に、文学を。」が「アニメを馬鹿にしているのでは」と物議 意図を聞いた - ねとらぼ

「人生に、文学を。」読書推進キャンペーンでなぜかアニメをdisって炎上 - KAI-YOU.net

「人生に、文学を」とか言われても全く読む気になれない広告。 - 田舎で底辺暮らし

【炎上】読書イベント「人生に、文学を。」キャンペーンがオタクに喧嘩売っているwwww : はちま起稿

『人生に、文学を。』のキャッチコピーについて思ったこと - 二年と少しで終わります。

 

さすがに先日芥川賞予想記事を寄稿したばかりのぼくとしては、少しだけでもこのことについて触れておきたいとおもう。

 

 

文学が「読まれない」という現状

日本文学振興会は芥川賞と直木賞を主催している文藝春秋内にある組織だ。

先日、両賞の発表があったばかりなのだけれども、よく言われているように出版業界は不況で、特に純文学なんて芥川賞でも取らなければ「1万部」なんて夢のまた夢らしい。

この特に厳しいといわれる純文学分野においては、良いと評価する専門家や愛好家と、一般読者の認識で著しい乖離がある。それを顕著に表しているのは前回の受賞作のひとつ「死んでいない者(滝口悠生)」のアマゾンレビューだ。

死んでいない者

死んでいない者

 

この小説には大往生した祖父の葬式という枠組みがあるのだけれど、一般に求められるだろう一貫した物語らしい物語というものはない。むしろ、祖父の死の周辺にある物事の記憶を独特の文体で描写したという技術的なところに味わいがあり、高い評価が集まった作品だ。

しかし、技術的なことというのは往々にして大衆の理解を得られないし、ありていに言えば「敷居が高い」。ぼく自身、この作品を高く評価しているのだけれども、正直ぼくが文学というものに興味を持って、目から血が出るくらいに小説を読んでこなかったとしたら、この小説をおもしろいといえた自信がない。現状、文学というものを楽しもうと思ったら、どうしても読書に関するトレーニングが必要だとぼくはおもう、同時に、文学が売れないという昨今の一番大きな課題はここにあるんじゃないか。

文学を(じぶんなりに)理解するということは、ひとが時間と労力をかけてまで習得する能力なのか。

文学振興会の広告は、その点に危機感を持ったコピーであるようにおもう。それはわかる。

 

想像力について

しかしある一定の理解を示すトレーニングなんて、どんなものでも同じじゃないか。

ぼくは小説の文体はある程度読めるけれど、画家のタッチや、映画のカット割りはほとんど読めない。アニメに関しても、作画の良さなんて感覚的に「いいかも〜」と思うことはあっても、それを詳細に批評する力なんてない。

ぼくの知り合いの作家で、

「神は細部に宿る」

ということをよくいうひとがいる。

この言葉はもともと建築の世界のことばらしいのだけれども、表現分野全体にいえることだ。ぼくは技巧というものはとても尊いものだとおもう、ものを作るひとの思想が顕著に現れるのは、出来上がったものそのものよりもむしろ、いかにしてつくられたかによる。しかし、ぼくが初めて見るものはいつだって完成品で、それがいかにして世に出てきたのかは、完成品を読み取るほか手段はない。ぼくがいう「トレーニング」というのは、作品と向き合ったわたしが、いかにその完成品をじぶんのなかで作り上げることができるかということを意味する。

それを想像力と呼ぶのかもしれないけれど、すくなくとも、それはありえるだろう物語や、じぶんの人生観を選ぶためのものじゃない。そしてその想像力は、文学や絵画や音楽やアニメや建築といったジャンルを軽々とこえてあるものだ。

このコピーで投げかけられているものは、文学の特権なんかじゃない。

そしてそれが人生を豊かにしてくれるなんて、ぼくはおもわない。

 

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