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カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

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いわゆる「イクメン」については、別にとりたてて何かをいうほどの問題じゃない

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※写真はおかあさんが買ってきたあやしげな猫のぬいぐるみ(国芳国貞展にて)が気になってしかたがない息子うぇい太郎(姉の娘のお下がりの服を着用)

 

7月が終わり8月になって、我が家にはふたつの大きな変化がある。

ひとつは嫁氏が育児休暇を終えて復職すること。時短でもなく、フレックスタイム制を駆使して早く帰ってくることもせずに、従来と同じように勤務する。

ふたつめは、子どもが保育園に行きはじめること。

 

前々からそれとなくTwitterとかでつぶやいていたうちの子育て生活について、きょうは書いてみたいとおもう。

 

 

「どっちが育休をとるのか」について

出産して半年で職場復帰することは当初からの約束で、ぼくの仕事よりも嫁の仕事の方を尊重するというのは結婚したときからそうしようといっていた。それはおたがいの仕事に対する価値観であり、どういうスタイルで働き、生きていくかというところを考えたら、そりゃやりたいことをやれるのがいいだろうとぼくらは考えた。

そもそも結婚するとき、嫁氏は新卒で入社したいまの会社に勤めていて、ぼくは大学院の博士課程の学生だった。

結婚の話が具体的になってきたのはぼくが留学していたときで、どーでもいいけれど、その決断をしたのはSkypeのチャットだった。

当時、ぼくは学者になるということについてだいたい諦めがついていて、やりたいことがなかったわけじゃないけれどお金にならないし、それなりの待遇で雇ってもらえる仕事でとりわけやりたいものはなかった。

一方嫁氏は、メーカーの開発職をしているのだけれど、それは彼女が望んだ仕事だった。なので、ぼくは嫁氏の勤務地や働き方に合わせて(職種をこだわらずに)仕事を探したわけだけれど、当時は同僚に「だんなさん、もったいないね」と散々いわれたらしい。

たしかにキャリアだけみれば、ぼくはそうとう優秀にみえるだろう。しかし、ぼくが実社会で「使える人材」なのかなんてわからなかったし、というかぼくは社会というものをかなりビビッていたし、なにせ研究をろくにまとめあげることすらできなかった人間なので、「能力」というものにはかなりコンプレックスがあった。専門とおなじ工学系の会社員になったとしても、修士卒で入社した人間と同じレベルの働きが「すぐに」できるなんてイメージはまったくなかったし、そもそも理学系の色が強い研究をしていたこともあって、実用志向の高い分野の話なんて素人以下だとおもっていた。ぼくなんかに払う給料の方がもったいないだろう、とさえおもっていた。(当時就職活動をしていたとき、そのことを正直に某社研究所所長に話したことがあるけれど、それは思い込みだ、というか君が思っている以上に社会は「適当」なんだよ、といわれた)

職種については当時偶然話すことになったとある編集者と飲んでいたときに、もっともできないだろう職である「営業」というものを思いついて、そのままそういう職につくことになった。けっこう数字にはシビアな会社だったということもあり、「結果がすべてだ」ということを痛感させられた。

はっきりしていたことは、

嫁氏:いまの会社で多くの製品開発に関わりたい。

ぼく:文芸批評・創作を本気でやりたい。

ということだった。それができるかどうかの現実的な問題はおいといて、ぼくらの志向の大きな違いは「物理的に可能かどうか」だった。たとえば嫁氏の場合、それは会社に属しているからできることであるけれども、ぼくの場合は専業だろうが兼業だろうが世界のどこにいてもできなくはない。

「育休どうすんねん」という問題が出たとき、ぼくら夫婦のなかであった選択肢は、

■ぼくが(勤めていた会社では前例のない)「男性の育児休暇」をとる

■ぼくが会社をやめる

かのどちらかだった。会社のひとたちとの関係も良好で、ちょうど仕事も楽しくなってきたところだったけれど、「別に一生勤める会社でもないし、復職したところで…」とおもえたので、やめて転職することにした。さしあたっては育児をしつつ、文章を書きながら次の仕事を探すというかんじである。

あんまりぼくがいうと説得力がないのだけれど、べつに「男だから~」とか「女だから~」とかでなく、できること(やりたいこと)をそれぞれやって生活できるならそれでいいじゃん、とぼくらは考えていて、嫁氏もそういってくれている。べつにイクメンなんていうことばはとりたてていうほどのことでもない。

ただやっぱり、結婚というのは当人たちだけの問題じゃないので、親族まわりとの関係性を考えると、説明に困る。というか、「イクメン」というスタイルに懐疑的なひとというのは、その詳細を尋ねたところで理解しようという気がそもそもないケースが多いので、説明する側はそのことばも与えられていないというのが結構あるんじゃないかって、さいきんはおもっている。

 

在宅とはいえ、子どもをみながらはむずかしい

きょうが初日で、朝の10時から11時までのとりあえずの1時間だった。

先月は嫁も育児休暇中だったのだけれど、嫁が家事をしている間はぼくが面倒を見ていて、そのあいだ作業はストップする。頂いている案件もひとつこなすのに結構集中しなくちゃならないし、たとえ子どもが寝ているといっても、うちの子はうつ伏せでねる癖があるので、放っておくのはとてもこわい。起きていると、すぐに家じゅうのコードをはえたての前歯でかじかじしようとする。そしてはいはいもどきで這いずり回って家中の埃をぬぐってくれる。こいつの前世はルンバだったかもしれない。

 なので結局作業するのは嫁と息子が寝ている早朝になってしまい(夜ながく起きていられない)、あんまり勤めているときと変わらない生活スタイルになってしまった。

で、きょうからは日中に家にいるのは完全にぼくだけになるので、昼間は家事もろもろをすることになる。

掃除と夕食をつくるあいだ、子どもがルンバよろしく這いずりまわられると非常に困るわけで、もうしわけないとはおもいつつ、そのときはBumboにかれを固定するのだけど、案の定、かれは全身を使って異議申し立ての雄叫びをあげるのである。

そんな感じで、かれは家中を這いずり回るか、コードをかじるか、雄叫びをあげるか、疲れ切って行き倒れの死体のようにうつぶせで眠っているかの のどれかであるので、日中はとても頭脳労働などできる環境でないことを、この1ヶ月で思い知らされた。

なんとか(ほぼ)毎日のブログ更新は保てているけれど、翻訳やじぶんの創作などがまったく追いついていないのでだいぶあせる。

 

ともあれ、うぇい太郎(息子)は地球一かわいい。そのことは宇宙の真理である。

 

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