カプリスのかたちをしたアラベスク

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【感想】アニメの饒舌/映画「傷物語Ⅱ 熱血篇」

※このエントリーは映画「傷物語Ⅱ 熱血篇」のネタバレを含みます。

 

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そろそろ映画「傷物語」の話をしなければならない。

映画「傷物語I 鉄血篇」をみたのは、嫁氏が破水する1日前で、そのときは予定日まであと2週間くらいあったから、これからふたりで映画をみれることも当分なくなるだろうとおもっていた。実際にそうなって、映画をみにいくには、片方が息子(うぇい太郎)の子守をしなければならない。ことしの8月下旬は、傷物語の2回目と新海誠監督の新作「君の名は。」があったので、事前にスケジュールのすり合わせが我が家でおこなわれた。

西尾維新原作の「物語シリーズ」はずっと好きでみているし、化物語がリアルタイムで放映されていたころからシリーズ時系列の最初にあたるこの「傷物語」は映画化されるという噂がまことしやかにネットでは語られていて、いわれてみれば短編連作型の構成をとる物語シリーズのなかでも長編的な性格が強い本作は映画向きだなぁとおもっていた。

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傷物語 (講談社BOX)

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以下では、アニメシリーズをふりかえりながら、「傷物語Ⅱ 熱血篇」のレビューをしていきたいとおもう。

 

 

饒舌なアニメ

ひとくちに「饒舌」と形容するにもむずかしいのだけれども、アニメ「物語シリーズ」のおおきな特徴のひとつとして、ギミックの多さがあげられるだろう。そしてこの表現の多彩さのことに、ぼくは「饒舌」ということばをあててみた。

地の文のようにながいセリフ、フラッシュ的に挿入されるモノローグ、幾何学的な映像、状況に合わせて伸縮する世界、過度にアニメらしいリアクション、パロディ、唐突なオシャンティな音楽……などなど、挙げ出せばきりがない、しかし、演出や構成としてみられるそれらのギミックは、すべて「西尾維新が作り出す世界」が中心にあるものにおもわれた。

もちろん、こういう技巧が使われてるのはなにも物語シリーズだけじゃない。シャフトというアニメ制作会社自体が、様々なコラージュのような作品作りをする会社ではあるのだけれど、物語シリーズで使われる多くの表現技法の中心にあるのはことばであり、小説だ。

西尾維新の作品の多くは、作中で過度にフィクションであることを登場人物に自覚されていて、特別な力を持つひとであり、キャラクターが「主人公」を意識し、ことばとして発露することで物語世界が大きくゆがむ。「物語シリーズ」では、登場人物の全員が普通じゃない。みんなが大なり小なりの異質さを持ち、キャラクターが存在感を強めるほどに世界の重心が変わってしまうかのような印象を受ける。

 

戦闘シーン、世界の一人称

本作「傷物語Ⅱ 熱血篇」のおおきな見所として戦闘シーンがあげられる。

戦闘シーンではアニメシリーズの表現を引き継いで、たとえばドラマツルギーに追われて逃げる場面では戦場となった校舎は無限の背の高さをもち、机は積み木のおもちゃのように非現実的に弾け飛び、切り飛ばされた腕はギャグアニメでおなじみの効果音で軽々ととんでいく。映像作品は基本的に三人称的な視点になるのだけれど、こういったものは「一人称的な表現」にあるようにおもわれる。おそらく、「三人称」というよりは「世界の一人称」という場所から、物語られているようなつくりで、そう考えると、表現技法として盛り込まれたたくさんのギミックは、時空間の得体のしれない運動そのものにおもわれた。世界がとても饒舌だった。

全体の時間のうち、戦闘シーンにあてられている時間は決してながくない(むしろみじかい)のだけれども、ワンシーン単位にあてられているコストがめちゃくちゃ高く、実際の時間以上に(それこそ無限に伸びる校舎のように)ながくかんじられる。見かけのことばだけじゃない、表現としてのことば。映画版では、見かけのことばであるモノローグが控えられているぶん、西尾維新の粘着質な語りを見事に映像に落とし込んで見せている。見かけのことばを排することで、西尾維新的な饒舌が強調されていた。

 

ものたらなさ

上述のように、アニメシリーズと映画版でちがうところは、ことばがことばとして出てこないというところだった。登場人物たちによってかわされるセリフ以外では、ほとんど(見かけの)ことばがない。

ここで他の人たちの感想を見てみる。

www.life-abstract.com

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長編に対して(分割とはいえ)65分という尺の短さのほか、3部作ぜんたいで考えたときの登場人物の少なさ、そういうものを考えるとたしかにファンサービスしにくい。ぶっちゃけ、ぼくも物語シリーズならではの本筋そっちのけの無意味で不毛な会話の応酬が見たかったし、それが今回禁じられて羽川さんのおパンツ一点集中中央突破wwwwwwwwww的なものになっていた。ぼくは羽川さんもおパンツもだいすきだし、羽川さんの下乳も見れて結構満足しちゃったのだけれども、この映画版ではあくまでもシリアスな本筋を優先している。そういう意味では全体的にテレビシリーズよりも「守りに入っている」印象が拭えないような気がしないでもない。原作を読んでいるからかシリアスをじっくりやってほしい感もあるけれど、なんというか、物語シリーズは短編だからこその語り口のキレが最大の長所みたいなところがどうも捨てきれない。

 

次回は最後

「冷血篇」は来年1月6日公開とのこと。

羽川さんのノーブラおっぱいに期待。

 

※引用以外ではてなスターを複数つけるのはやめてください。

 

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