カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

文学ムック「たべるのがおそい」の編集などを手がける西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
ぼくの初の単著となる短編集「コロニアルタイム」が発売されました。

また同レーベルより発売中のアンソロジー
「ヒドゥン・オーサーズ」

にも短編を寄稿しています。
この本は新潮社が発行している雑誌「波 2017年7月号」で
王様のブランチでおなじみの書評家・滝井朝世さんにも取り上げていただいています。


地上で考えうること/ソクラテスの弁明、クリトン、饗宴(プラトン)


Toots Thielemans - Bluesette

トゥーツ・シールスマンが亡くなったというニュースに、たくさんびっくりした。

とても好きなミュージシャンだった。94歳まで生きたのはとてもすごい。おつかれさまでした・

 

紀元前5世紀を生きた哲学者ソクラテスはその弟子であるプラトンの著書におおく現れるけれど、生前にただのひとつたりとも著書を残さなかったかれの姿は間接的に推し量ることしかゆるされていない。

 

ソクラテスの弁明、クリトン、饗宴を立て続けに読んだ。

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

 
饗宴 (光文社古典新訳文庫)

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

 

 

「明快さ」と「過剰さ」がもたらす死生観

70年の人生のほとんどを過ごした街のひとびとに裁かれ、望めば亡命もできたはずのかれは、ひとびとの結論・国家・法に逆らうことなく毒を飲み、かれは死んだ。「弁明」は有罪か無罪かの公判、刑罰の公判の審議が、そしてクリトンは死刑前日の友人との会話を描いている。ソクラテスは一貫して曖昧さを否定するような考えをする印象を持った。かれの問答法は、基本的に「Yes, No」のどちらかで答えるもので構成されていて、なかば暴力的とまでいえそうな明快さを持って、ひとびとの認識の矛盾をあぶり出していく。

その過剰な明快さにより到達したものが、「ソクラテスの弁明」で説かれる、いわゆる「無知の知」というものだった。職人的技術などの具体的なものへの詳細にわたる理解をいくらしたところで、それは人間的な知でしかなく、神さまの知とはなりえない。そして、多くの人間はその詳細で具体的なものごとへの理解を普遍的な(神さま的な)知と誤認している。しかしソクラテスはそうじゃない。人間的な知と神さま的な知のちがいがそもそも存在してしまっていることを知っていて、そして何より、神さま的な知について何も知らないこと(そして人間はその領域に足を踏み入れることすらゆるされていないということを)知っている。

裁判の終わりに、ソクラテスは死について、地上の人間がみんなそれについて無知であると語る。

他方で今度は、もし死がこの場所から別の場所へ移住するようなものであるとしたら、つまり言い伝えが真実であり、かの地には死んでしまった者がすべているとしたらどうでしょう。これよりも大きな善がありえましょうか、裁判員の皆さん。

ソクラテスの弁明 (プラトン)

無知であるがゆえに、知りえないものに対してかれはおそれなかった。かれの思想の過剰なまでの明快さが、つよさを作っていて、ここでぼくがおもう「つよさ」はおそらく「明快さ」でなく、「過剰さ」によってもたらされた。

また、クリトンでは、問答の形式もラディカルになり、具体的な人物でなく、姿かたちはおろか、人格さえ本来持ち合わせていないだろう「国家・法」を 対話者として想定し、自らの生を生きることを敗北させてみせる。

それとも、やはりお前の目から見ても、父親なり、かりに主人がいれば主人なりとの関係では〈義しさ〉の対称性は成り立たないし、だからこそ、罵られたから罵り返すとか殴られたから殴り返すとか、その他これに類することはたくさんあるが、とにかくやられたことはなんでもやり返すというようなことは許されない。しかし、祖国や国法との関係ではこれが許される。したがって、われわれがみずから義しいと信じるところに従ってお前を亡き者にしようとすれば、お前のほうでもわれわれ国法と祖国を力のかぎり亡き者にしようと試みる──と、こういうわけなのか。そうすることで義しいことをしていると主張するつもりなのか。真に徳を心がけているという、そのお前が。

クリトン (プラトン)

この弁論において、ロジックの「明快さ」が 「生を生きる」ことでなく「よく生きる」ことを支持する。そしてかれの「明快さ」と「過剰さ」を前にして、ひとの地上における生き死にの俗的な意味が解体され、「生きる」という動詞が生活を離れた意味を獲得するに至った。

 

中間と永続

ソクラテス的なロジックの運び方(過剰に「Yes, No」使用し、それを起点として論を進めること)は、あまりにも白と黒が明確につきすぎて、ゆらぎの余地が与えられない。もちろん、ソクラテスは「絶対性」を求め、その強さの追求を「知を愛する」と呼んだのだろう。しかし、明快さをどれだけ過剰にしても、問答をどれだけ細かくしても、今日のぼくらが直感するような「複雑さ」を語るのはむずかしいようにおもわれた。緻密で気の遠くなるような問答を繰り返したとしても、それによって強調されるのはあくまで弁論の複雑さであり、現象の複雑さではないだろう。

しかし、「饗宴」におけるエロスの議論でソクラテスはかれのロジックのみを使い、「あわい」の領域への議論を進めて見せた。

『それなら、美しくないものは必ずや醜いとも、よくないものは必ずや悪いとも考えてはならぬ。エロスについても同様であり、おまえがエロスはよくも美しくもないと認めたからといって、ならばそれは醜くて悪いに違いないなどと考えてはならぬのだ。エロスとは、むしろ、その間にあるなにかなのだ』とディオティマは言った。

饗宴 (プラトン)

人でもなく、神さまでもないもの。

『ならば、エロスが子を生むことを求めるのはなぜか。それは、死をまぬがれぬ人間にとって、生むという営みは、永遠と不死にあずかる手段だからだ。そして、エロスはよいものだけでなく、不死をも欲しているはずだ。この点は、これまでの同意から明らかだ。なぜなら、エロスは、よいものを永遠に自分のものにすることを求めていたのだからな。この理由により、エロスは不死をも求めていると考えなければならぬわけだ』

饗宴 (プラトン)

不死、ということばに行き合ったとき、ふとこの著者であるプラトンの姿が脳裏をよぎった。プラトンは10歳頃からソクラテスの弟子となり、27歳ぐらいのときに師を処刑でなくした。その後、かれの著作の多くで幾度となく師が弁を振るう姿が描かれ、後年はプラトン自身の思想の体現者として(かつての)師が描かれた。科学のほとんどがブラックボックスで、ひとが知りえていないもののなかに神さまがいた当時、神話が揺るぎない現実だった当時、それから変わりなく地上のひとびとは誰も死について無知だった。プラトンは無知である限り、はるかむかしに死んだ師をテクスト上で何度も生を生きさせた。しかし、プラトンが生きている限りは不死の師がテクスト上で死を語ることなどできない。子孫や国家、思想を受け継ぐものが生を生きる限り、地上で死がぜったいの正しさで語られることはないだろうけれど、そもそもエロスはそれを求めてなどいない。死のことなど、死者に語らせておけばいい。知りえないものには沈黙するしかない、とはるか後年の哲学者がいった。

 

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