カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
小説・詩・短歌のアンソロジー「ヒドゥン・オーサーズ」が発売されました。
ぼくは大滝瓶太として「二十一世紀の作者不明」という短編小説を寄稿しています。

「波 2017年7月号(新潮社)」など、雑誌にもちらほら取り上げてもらいました。

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明治神宮外苑の火災事件/ぼくらは当事者ではない、ということ

神宮外苑火災 安全基準ない「アート作品」 芸術性と安全性の両立課題 (産経新聞) - Yahoo!ニュース

 

あまり言及すべきではないようなきがして、ブログに書くことをひかえていた明治神宮であった火災事故のことについて。

学生がつくった体験型アート作品が発火して5歳の子どもがなくなったというしらせは、ありきたりなことばになるけれどほんとうにつらいことで、どうしてもぼくはひとりの子どもの親としてこの事件のことを考えてしまう。

安全性にかんして、火災が起こるまえにこのオブジェの制作関係者に質問をしたひとがいたということをきのうの夕方にニュースで知ったけれど、それはつまりこの事件が未然に防げた可能性だとおもった。

 

認知のされかたについて不快におもうこと

このニュースの報道について、イベント主催者や大学の弁明ばかりが表立って、そして過剰に子どもの死というつよい悲劇を押し出して報道されているのがあんまりよくないなっておもった。

事実関係についてはまだ調査中だけれども、それより先に感情的なものがはやく広く伝わってしまうことが、ぼくには暴力的におもえてならない。ぼくがはじめこのニュースにかんしてネット上でなにかをいうことが躊躇われたのは、ぼくがなにをいっても感情的なものに回収されてしまうようなきがして、ぼくがいやだな、とおもうことに加担してしまうようなきがしたからだった。

 

学生が建築をやめないケア

子どもがバカみたいな原因から起こった不運な事故で死んでしまうことなんて想像もしたくないくらいの悪夢だけど、その事件を起こってしまったひとは悪夢すら見れない絶望のなかにあるさ、建築のことなんてもう二度と考えたくないとおもう。けど、そこでかれらが建築のことなんて二度と考えたくなくなるだろう。でもぼくは、それがかれらにとっても、そして社会にとっても正しいことだとはおもえない。けっきょく、目を背けただけにしかならないし、ある意味で安全対策というのは表面的な対策にしかならない。根源的な、作品といのちについての関係を考え、克服していくことにならないのなら、きっとこのような事件はいまの報道のありかたまで含め、なにもかわらないようにおもう。

ぼくは学生たちの認識のあまさを擁護するつもりはないけれど、しかしこの事件をきっかけに建築を学ぶことをやめてしまうことをふせぐケアがあってしかるべきなんじゃないかってかんがえている。

また、事件の当事者でないぼくらは、当事者でないからこそ事件の悲劇性以外の部分を積極的にみつめなくちゃならないっておもう。