カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

文学ムック「たべるのがおそい」の編集などを手がける西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
ぼくの初の単著となる短編集「コロニアルタイム」が発売されました。

また同レーベルより発売中のアンソロジー
「ヒドゥン・オーサーズ」

にも短編を寄稿しています。
この本は新潮社が発行している雑誌「波 2017年7月号」で
王様のブランチでおなじみの書評家・滝井朝世さんにも取り上げていただいています。


平野啓一郎「マチネの終わりに」を120%楽しむために、演奏されていたギター曲を解説するよ!

平野啓一郎のベストセラー「マチネの終わりに」を読んだ。

この本はクラシックギタリストと女性ジャーナリストの「切ない恋愛」を題材としたものなのだけれど、「恋愛小説」と「音楽小説」はぼくにとっての「2大苦手小説」でもあるため、まず読み切れるかが不安だったが、読み切れた。

 

この小説について、やっぱり興味を持ったのは「クラシックギター」という題材だ。

ぼく自身この楽器をかれこれ15年弾いているだけに、やっぱりそれなりの思い入れみたいなものがある楽器で、実際にこのブログのタイトル「カプリスのかたちをしたアラベスク」は、フランシス・クレンジャンスによるギターの現代曲(Arabesque en forme de caprice op.99)からとってきている。

作品じたいについて思うことは山ほどあったのだけれど、ここでは取り上げられたギター曲について、ちょっとした解説をしてみたいと思う。

というのも、本作での選曲は非常にセンスがよく、ギター音楽を聞いてみたいという人にこそ聞いてもらいたい楽曲ばかりだった。音楽面で監修的なものをギタリストの福田進一がつとめたそうだけれど、さすがだと思った。

 

ちなみに、主人公のイメージはイケメンギタリストの大萩康司が強烈に想起された。

 

今回は、平野啓一郎「マチネの終わりに」で使用されたギター曲のうち、個人的に注釈を入れておきたいものを紹介する。

 

目次

 

アランフェス協奏曲(ホアキン・ロドリーゴ)

ギター協奏曲の代名詞的楽曲であり、ギタリストの憧れと言われる名曲。

とりわけ有名なのは第2楽章だが、「第3楽章があまり評価が高くない」みたいなことも本書では言及されている。ユーモラスなリズムの第3楽章もぼくは好きだけれど。

ちょっとした逸話を一つするならば、「アランフェス協奏曲」は20世紀ギター音楽の巨人アンドレス・セゴビアのために書かれたとよく勘違いされているが、実際にはサインス・デ・ラ・マーサに書かれた曲だ。

それについてセゴビアは

「なんで俺じゃないの?」

とロドリーゴに詰め寄ったらしく、その結果出来上がったのがこの曲と双璧をなすギター協奏曲「ある貴紳のための幻想曲」だと言われている。ギター界屈指のパワハラである。

 

「ギター協奏曲ニ長調」(マリオ・カステルヌーヴォ=テデスコ)

マドリードでのコンサートで主人公の蒔野がこの曲を演奏するも、スランプの予兆が見られる演奏をした。

20世紀ギターレパートリーにとって欠かせない作曲家の作品が多数この小説では登場するのだが、テデスコなくして今のギター音楽の充実はなかったと言っても過言ではない。

テデスコの専門は確かピアノだが、セゴビアの要請を受けてギター曲を複数作曲している。中でも独奏曲「悪魔の奇想曲(パガニーニ賛歌)」はギター屈指の名曲として広く知られている。

ギターは持ち運びしやすさと独奏中心のレパートリーから「手頃な楽器」 なのだけれども、何かと経費のかかる協奏曲をやる際はどうしても上述の「アランフェス協奏曲」など、ギター愛好家以外にもよく知られている楽曲でプログラムが組まれやすく、演奏機会は少なくないけれども決して多いとも言えない。

アランフェス協奏曲は「スペイン音楽」というカラーが強く、スペインらしさをギターのアイデンティティに同化させることで音楽的な価値を無二のものとしているのに比べ、テデスコのギター協奏曲は「室内楽」としてのカラーが強い。

ギターがクラシック音楽という歴史に組み込まれる上で、非常に重要な楽曲だと言えるだろう。

 

「カヴァティーナ組曲」「スクリャービンの主題による変奏曲」(アレクサンドル・タンスマン)

両者とも、ポーランドの作曲家アレクサンドル・タンスマンの名曲であり、難曲。

タンスマンもまたテデスコと同様にセゴビアの要請を受けてギター曲を複数作っている。

前者の「カヴァティーナ組曲」は、むかし関西のギター愛好家の集まりでリサイタルをやらせてもらった時に弾いた経験もあって、個人的にも思い入れがある。

 

カヴァティーナ組曲は、

  1. プレリュード
  2. サラバンド
  3. スケルツィーノ
  4. バルカローレ

の4楽章で構成されているのだけれど、セゴビアが 

「最後は明るく終わりたい!」

と言ったために、第5楽章の「ダンサ・ポンポーザ」が追加されたという逸話がある。ギター界屈指のパw(ry

後者の「スクリャービンの主題による変奏曲」は、本当に弾くのが困難な曲だ。ぼくは弾けなかったし、一生弾ける気がしない。だけれどもタンスマンの楽曲のなかでも1、2を争う名曲だと思う。美しい、という言葉は嫌いだけれども、そうとしか言えないレベルで美しい曲。

 

小説について言及すると、このタンスマンの2曲を若手ギタリストに弾かせ、主人公を奮起させたというエピソードはよくできている。

主人公自身も「若い頃によく弾いて、隅から隅まで楽譜を理解している」というように、タンスマンのこの2曲はコンクールで定番の楽曲になっている。

そしてタンスマンもまたテデスコ同様に、ギター曲というよりも「室内楽」的なカラーが強い作曲家であり、弾きこなすには技術だけでなく、音楽についての深い理解と解釈が求められる。そしてこの2曲は大曲だ。同じ作曲家の大曲2つをひとつのコンサートで行うということは、この若手ギタリストの強い意思を感じる。作曲家も、そして演奏家もともにポーランド人だったためかもしれない。

また、「マチネの終わりに」は言語とアイデンティティについても重要な問題として取り上げている。

作曲家タンスマンはポーランドに生まれながらフランスに移ってからは一切ポーランド語を使用しなかったと言われているのだけれど、これは女性主人公の洋子の境遇に似たものを感じる。

とりわけカヴァティーナ組曲の最初の4楽章を包むどことない寂しさは、この作品によく馴染む。

 

プレリュードとフーガ(ニキータ・コシュキン)

パリで主人公が行うリサイタルの演目のひとつ。

ニキータ・コシュキンといえば、特殊奏法を駆使しておもちゃの音マネをする曲「王子のおもちゃ」や、エドガー・アラン・ポーの短編小説「アッシャー家の崩壊」をモチーフにした「アッシャーワルツ」でギター界隈には有名。

この2曲のイメージが強いと、コシュキンの「プレリュードとフーガ」はかなり異色な印象を受ける。え、ふつーに綺麗ないい曲じゃん!的な。

音が減衰していく一方のギターという楽器は、音色の淡さに見られる水彩画のような色彩感、そして物理的に声部の歌い分けがしやすく音楽の立体的な仕上がりに個性がある。

「プレリュードとフーガ」はそれを存分に活かした曲だ。

 

大聖堂(オーガスティン・バリオス・マンゴレ)

ギター独奏曲のなかでも最重要とも言える曲。

主人公の得意曲とのことだけれど、やっぱり音楽に「華」があって、コンサート受けはめちゃくちゃ良い。ぼくも留学中にちょいちょいギターを弾いていて、研究室の同僚に「何か弾け」と言われたときにこの曲を弾いた。

小説のなかでも「セゴビアはバリオスを評価しなかった(が、大聖堂は評価した)」とあるように、この曲はバリオス自身の演奏と、セゴビアの弟子であり存命するギタリストのなかでも「神」と呼ばれるジョン・ウィリアムスによって広く知られることになった。

ちなみにバリオスはこの曲の楽譜を残さなかったため、今流通している楽譜はジョンが書き起こしたものが元になっているとかなんとか。

 

ガヴォット・ショーロ(エイトル・ヴィラ=ロボス)

女の子が弾けばかわいさアピールになり、男が弾けば女の子を口説ける「ガヴォット・ショーロ」。

ブラジルの作曲家ヴィラ=ロボスは「5つの南米民謡(ショーロ)」というギター向けの小品を残していて、そのなかのひとつ。

甘くて柔らかい「優しいだけの曲」に聞こえるかもしれないけれど、この曲に深みを与えているのは「痛み」だ。調を変えるたびに音楽の中に暗い陰が蓄積されていくが、この曲はそれを抱え、寄り添って弾かなければならない。主人公蒔野は洋子の自宅でイラクから亡命してきたジャリーラという女性の隣でこの曲を演奏する。(YouTubeに良い音源がない)

 

黒いデカメロン(レオ・ブローウェル)

主人公がスランプを乗り越えて行ったコンサートツアーで演奏した曲。

キューバの作曲家ブローウェルは現代ギター音楽にとって欠かせない重要人物で、西洋的な体系化された音楽と南米の土着的な音楽をギターという楽器を介して融合させた類稀なる作曲家だ。

デカメロンではあるものの、100楽章やるわけでなく3楽章で終わる。構成はこうだ。

1楽章:戦士のハープ

2楽章:だまの谷をぬける恋人たちの逃走

3楽章:恋する乙女のバラード

名前はかわいいが、割とえげつない曲だ。

デカメロンの頭についている「黒い」は、西洋のものを南米に移植するときに度々使われる接頭語で、映画「黒いオルフェ」はそのいい例かもしれない。ちなみに「黒いオルフェ」の音楽監修はジョビンだ。

黒いオルフェ

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また、キューバの作曲家のレパートリーは、ぼくが勝手に主人公のモデルだと思っているギタリスト大萩康司の得意とするレパートリーでもある。

復活という場においてブローウェルの代表曲を持ってきたことについて、ぼくとしては象徴的なものを感じずにはいられない。

 

大萩康司を聴こう!

マチネを読むなら大萩を聴こう! 

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ハバナ・ライヴ 2005(Concierto en La HABANA 2005)

ハバナ・ライヴ 2005(Concierto en La HABANA 2005)

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