カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

文学ムック「たべるのがおそい」の編集などを手がける西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
ぼくの初の単著となる短編集「コロニアルタイム」が発売されました。

また同レーベルより発売中のアンソロジー
「ヒドゥン・オーサーズ」

にも短編を寄稿しています。
この本は新潮社が発行している雑誌「波 2017年7月号」で
王様のブランチでおなじみの書評家・滝井朝世さんにも取り上げていただいています。


なぜ結婚式を挙げないと離婚率が高くなるのか?

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結婚して今年で5年になる。

結婚当初、ぼくは博士課程の学生で同い年の妻は会社員3年目だったが、お互いに田舎の長男長女だったこともあり「結婚式ぐらいは挙げとくか」ということになった。

ぼく個人としては結婚式なんてただ面倒くさいという印象しかなかったのが本音だ。
金もかかるし準備も大変、披露宴に誰を呼び二次会には誰を呼ぶとかで気疲れもする。それに我々の人生は見せもんじゃない。
が、結婚式をやってみるとこれはこれで良い思い出になった。大学時代の先輩が式場で泣きじゃくりながら親族にウザ絡みしたり、「あ、我々って意外と友だち多かったんだ!」という発見もあったし、恩師には英語が下手くそなことを公衆の面前でバラされたりするしで、なかなか忘れるのも難しい濃い1日になった。

さて、こんなことを思い出したのは、生湯葉シホさんのこんな記事を読んだからである。

 

p-dress.jp

 

この気持ちはけっきょく結婚式を挙げたぼくにもよくわかる。「結婚式を挙げない」はひねくれているとかそういう問題じゃなく、夫婦が下した1つの決断にすぎない。それを外野がどうこういうのは野暮だ。しかしこの選択自体がマイノリティであるがゆえに、記事内でもあるように「挙げるのが普通だから」という価値観のせいで生きづらさがどうしても生じてしまうのはやっぱり不憫だ。

この普通と言われる「結婚式を挙げたひと」が「結婚式を挙げないひと」に振りかざす暴力としてよくあるのが、

結婚式を挙げなかったカップルは離婚率が高い!

というやつだ。

これはよく知られた統計なのだけれども、「結婚式を挙げれば結婚生活はうまくいく」という主張に繋げられる(=「離婚しないためにも結婚式を挙げなよ!」というやつ)ことがよくある。というわけで、まずはデータを見てみよう。

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引用:http://www.mwed.co.jp/wp/wp-content/uploads/2013/10/20131029_kirikon.pdf

上図で「入籍のみ」をみると、離婚カップルの数値が3倍ほど高くなっている。

でもこれって、ぶっちゃけどうなのだろうか?

 

目次

「因果関係」と「相関関係」をごっちゃにしてない?

この手の統計の話になるとベタなのが「因果関係」と「相関関係」というやつだ。
こういう話に慣れていないひとのために両者をまとめておこう。

因果関係:ある複数のデータの間に明確な原因と結果が存在する関係

相関関係:ある複数のデータにおいて、数値の変動に対応が見られる関係

 こうしてみると、上記は同じように感じるひとがいるかもしれないけれど、相関関係というのは一言でいえば「連想」であり、データ間を結びつける明確なロジックがあるわけではない。つまり、相関関係においては「AだからB」といえても「BだからA」とはいえない(=必要十分じゃない)可能性があるということに注意しなければならない。

今回の場合、「結婚式を挙げなかったから離婚した」と考えるのはかなりトンデモ論に思える。

「結婚式を挙げる/挙げない」を選択するポイントは2つ

自分の時をふりかえってみると、結婚式をどうするか問題のポイントは以下の2つだと思う。

  1. 経済的理由
  2. 思想的理由

ようは「式を挙げる金があるか?」「結婚式という儀式についてどう思うか?」が論点になると考えられる。また、カップルによっては経済的事情と思想が切り離せないということもあるだろう。ちなみに生湯葉シホさんの記事で言及されていたのは、一貫して2の思想的理由だ。結婚式を行わない明確な理由を思想面に持っていたがゆえに選択している。

この2つの論点から「結婚式を挙げないと離婚しやすい」説を考えてみると、わりと見通しがよくなる。(しかし、なかなかデリケートな問題も含むため、下手なことがいえないところがむずかしい……)

実生活の運営の問題など考えられる可能性は数あるなかで、ぼくが気になっているのは「思想的理由をほとんど持たずして結婚式を行わなかった」 というケースだ。
夫婦生活は夫婦間での相談と決断の連続だ。結婚式でも会場選びやら衣装、食事にテーブルの花にBGMなど相談して決めなければならないことが無数にある。特に「結婚式を挙げない」という選択は日本において一般的ではない。一般的ではない選択というのは、周囲からやたら圧力をかけられる。これなかなかのストレスで、それに耐えうるだけの強い価値観を夫婦で共有できているかがめっちゃくちゃ大事になる。「なんとなく結婚式を挙げませんでした」みたいにごまかしごまかし雰囲気でやっているだけだと、数年も立てばすぐに無視してきた価値観の違いに耐えられなくなる。

結婚式問題は「夫婦で決断する」最初の問題

結婚式は挙げるにしろ挙げないにしろ、大きな決断を強いられる。
挙げるなら「結婚式」というプロジェクトを成功させるための打ち合わせをしないといけないし、挙げないならマイノリティの道を選んだじぶんたちの価値観をよく確認しとかないといけない。

そう考えると、どっちにしろ夫婦間での話し合いは必要になるので、式を挙げる/挙げないに見られる離婚率の問題は表面的な結果でしかないだろう。けっきょく、結婚式という最初の決断についてどう向き合ったかどうかなのではないか、という風にぼくは思う。