カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

2018.8 掌編小説「青は藍より藍より青」第一回阿波しらさぎ文学賞を受賞しました。

2017.6 文学ムック「たべるのがおそい」の編集などを手がける西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
ぼくの初の単著となる短編集「コロニアルタイム」が発売されました。

紗倉まな『春、死なん』(群像2018年10月号)感想/奪われた死に場所

近況『たべるのがおそいvol.6』掲載

 たべるのがおそいvol.6(書肆侃侃房)『誘い笑い』という原稿用紙30枚ほどの短編小説を掲載していただきました。

 

 

 なし崩し的に就活をはじめることになった大学生が、YouTubeでむかしの漫才をたくさん見るというお話です。他にも小説は、麻酔から目覚めると私の身体も世界も何もかもがガラリと変わってしまうおそろしい小説『野戦病院(谷崎由依)』、酉島伝法なのに人間が主人公で造語もない『彼(酉島伝法)』、読み手の認識をやわらかに捩じ曲げるような8つの掌編が収められた『飴の中の林檎の話(北野勇作)』があります。

なにとぞよろしくお願いします。

「新人」のいろいろ

 今年は全体的に文芸誌の新人作品掲載が少ないような気がする。新人、といっても「新人賞でデビューした作家」「それ以外でデビューした作家」のふた通りがあるのだけど、ぼくが気にしているのは前者だ。もちろんまったくないわけでもないし、順調に作品を発表している作家もいるわけだけれども、受賞作以降の作品を発表できていない作家が多く、その一方で著名人による小説の寄稿が今年は多いような気がする。このバランスが気になるのだ。
 さっきから「気がする」といっているように、あくまでもぼくの印象であり、ちゃんと調べたことじゃない。批判とかをしたいわけじゃない。しかし、こうした引っかかりはなにかの気配だろう。小説は売れない。そういうことはよくいわれるし、書評を書いてもほとんどニーズなどない。しかし、「小説家のインタビュー」とかになると耳を傾けるひとが増えたりする。「小説」は求められない一方で「小説家」という存在は求められる、という現実はおそらくあって、「著名人に小説を書かせる」という試みはそうしたものに近い印象をどうしても受けてしまう。

 この文脈でこれから現役AV女優で、かつ文筆業も積極的におこなっている「紗倉まな」の話になると批判的な見方をしていると捉えかねないけれど、そういうことは一切ない。かつて群像が某ブロガーの小説を掲載したときは大きなショックを受けたのだけれど、今回の紗倉まなの起用については「しかるべき」ものだったとおもう。群像じゃなくても、どこかの文芸誌が起用するのは時間の問題だったんじゃないか、と。
 デビュー云々について、最初にグダグダ書いてしまっが、けっきょくのところ「掲載された文章が良いか悪いか」以外に関心を持つ理由も必要もない。となれば、「良い文章をかけてかつ、売り上げに貢献しうる知名度を持っているか」というのは起用において極めて重要なのはいうまでもない。テクストの価値は「内容が優れているか」という絶対的な尺度のほか、商業的尺度として「拡散性」みたいなのがあって、「商売」を成り立たせているのは「拡散性」だ。
 近年ではこの「拡散性」のゆがんだ技巧が使用されるケースがいよいよ目立ってきて、それが肯定されることで「良い文章」のありようまでも、個々人のさまざまな懐疑のまなざしにさらされるようになった。ひとを生かすことが良い文章だという仮定があったとして「経済を動かすことでひとを生かすものが良い文章だ」という結論が示されたとき、それに対する明確なことばを持てないでいる。ぼくは経済がつらい。 ひとりの書評家としておもうのは、新人賞という狭き門を突破したひとたちの小説をもっと掲載して欲しいということ。どこの会社でも職業でも「失敗して当たり前」とか「失敗を経験してどーのこーの」みたいな風潮があるけれど、作家には「失敗する場所」がそもそも少ない。

紗倉まな『春、死なん』(群像201810月号)

この先、『春、死なん』のネタバレを含みます。 

 

 

願はくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃

 紗倉まなによる中編小説『春、死なん』は西行が詠んだこの歌からタイトルがとられている。群像の目次には「高齢者の性を描く」と紹介されているけれども、このアオリ文は作品の紹介としては正確さに欠いているように感じられた。『春、死なん』では、妻に先立たれた70歳の男の性生活が描かれ、たしかにこのじいさんの家にはエロ本が大量にあったり、一度だけ寝たことがある大学時代のサークルの後輩と恋愛っぽくなったりもしてラブホに行ったりもするのだけれど、「高齢者の性生活を書くこと」が「高齢者の性を描く」ことにはならない。
 おそらくこの小説は高齢者の性でなく、死に場所を描いた小説だとぼくはおもった。タイトルにも使われている西行の歌はまさに「死に場所」をうたうもので、しかしこの小説はその「花(桜)」にあたるものがない。「死に場所の不在」が老人を「生かしている」という残酷さが、この小説のおもしろく、優れたところだと読んだ。

 またこの小説は、120枚という長さに対してギミックが多い。しかしそれらをきちっと「まとまった」かたちに手際よくまとめているところに、高い技量を感じはするのだけれど、そのせいか頭が悪くて品のない存在として描かれている一人息子が、あまりにも頭が悪くて品のない存在としてデフォルメされすぎているように感じた。たしかにこの息子が主人公夫婦の老後の生活の穏やかさ(=死ぬべき桜の下)をうばった、というかたちで読むことはわかりやすい理解を促してくれるのだが、明瞭な構造としてそれを提示されるとぼくはちょっと戸惑ってしまう。あくまで上記はすべてぼくの勝手な読みかたなのだけど、たとえ意図されてなかったとしても、構造がみえてしまうことは読みかたを強くやくそくしてしまう。そのやくそくはときにメッセージを強くするが、ときに小説をちいさくする。ぼくはメッセージが苦手だ。ひとがひとに送れるメッセージはとてもちいさい。
 紗倉まなが優れた書き手であるという確信を持てる作品だったからこそというのか、もっとわかりえないことを、メタファーですら捉えられない領域のことを書いて欲しいとおもった。

「メルヘン翁」をもう一度/さくらももこ『もものかんづめ』書評

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 祖父が死んだのは私が高二の時である。
 祖父は全くろくでもないジジィであった。ズルくてイジワルで怠け者で、嫁イビリはするし、母も私も姉も散々な目に遭った。

さくらももこ『もものかんづめ』収録、「メルヘン翁」

  妻はマンガこそ大量に読むが、活字はまったくといっていいほど読まない人間だ。付き合いはじめた当初のぼくも活字などまったく読まない人間だったのもあり、その数年後には共に暮らす家が字ばかりの本で埋まるとはゆめゆめおもってもみなかっただろう。特に最近は本を読むことが不可欠な仕事をするようになったこともあり、2LDKの我が家の一室は書庫と呼ぶには機能性を著しく損なった物置と化している。本の山に阻まれてカーテンの開け閉めすらままならない状況に妻は頻繁に激怒し、あんたは片付けひとつできないのか、と問い詰める。そのたびにぼくはのらりくらりと彼女の攻撃をかわすのだが、最近はわりと精神面に被弾することが多くなった。現状維持はこれから不可能といっていいだろう。
 そこで淡路島の実家に帰るたびに、おそらく今後開くことはないであろう本をスーツケースにパンパンに詰めて持っていくようにしている。その選定作業がなかなか時間を食うのだが、その過程で妻の本を見つけた。先日亡くなったさくらももこ『もものかんづめ』だった。

 

 

 妻が滋賀の実家を出て京都市で一人暮らしをはじめたのは大学2回生の秋だった。
 引っ越してまもなくぼくと自堕落な半同棲生活に陥ることになるのだが、1DKの面積はそこそこ広いとはいえ天井がやたら低いこの部屋はあきらかに大人ふたりが長期間生活するには不向きで、いま考えればこの部屋で(というよりも2LDK未満の部屋で)同棲など考えられないが、それができたということはやはりそこに相応の恋愛感情があったということだろう。こう書くと妻とぼくの仲がよろしくないように見えてしまうが決してそうではなく、ぼくらの関係性がこの12年、すこしずつ変わり続けていったということだとおもう。1DKで共に過ごせる関係性が、そうではない関係性以上に愛情やらなにやらがあふれるものだというわけじゃない。ぼくらの生き方が変わっただけだ。
 その手狭な部屋に引っ越す際、妻は大量のマンガを実家に残し、必要最低限の荷物にとどめていた。その選び抜かれたであろう荷物の中に彼女のことばを借りれば「なんとなく」まぎれこんだのが『もものかんづめ』で、その後も就職、結婚を経て神戸までついてきた。

 しかし、ぼくの知る限り『もものかんづめ』を妻が開いたことは一度たりともない。が、数年に一度ぐらい文章についての話題が会話にのぼったとき、妻は『もものかんづめ』に収録されたエッセイ「メルヘン翁」の話をする。
 さくらももこの祖父・友蔵の葬式をシニカルなユーモアで描き出したこの一編は、「ちびまる子ちゃん」で造詣された心優しい祖父としての友蔵が、現実とは真逆だったことが記されている。その祖父が死に、遠い親族が来てわんわん泣いたり、遺体のひらいた口をしめるために「祭」と書いている手ぬぐいを巻いた滑稽な姿を姉と笑ったり、狭い棺に納められて組んだ手が乙女チックになったり、故人の死への感傷がどこにもなく、笑いと残酷が混交する。妻はこの話を思い出すたびにケラケラ笑う。特に、「祭」の手ぬぐいのくだりで祖母が「ジィさんは、いつでも祭だよ」と力なく呟くのだが、これが特にツボらしい。さくらももこが亡くなった際もこのシーンを思い出していたのだが、ここまで細かく憶えているならたしかに再読の必要もなさそうだ。

 さくらももこの「その後の話」によれば、この「メルヘン翁」に対する批判もいくつかあったらしい。「身内のことを、こんなふうに書くなんて、さくらももこってひどい。もう読みたくない」という手紙が二、三通ほど編集部に寄せられたらしく、彼女は読者個人の好き嫌い以前の「血縁」についての個人的な考えを述べた。

うちの爺さんは私や姉や母に対して愛情がなかった事は事実である。だから、当然私達も爺さんに対して何の思い入れもなかった。こういう事は、核家族でもない家庭では意外とよくある事で、私の友人にも母や自分自身が爺さんや婆さんにイジめられた為に嫌っているケースがいくらでもある。〝身内だから〟とか〝血がつながっているから〟という事だけで愛情まで自動的に成立するかというと、全くそんな事はない。かえって血のつながりというものが、わずらわしい事である方が多いとすら思う。

さくらももこ『もものかんづめ』収録、「メルヘン翁」

 愛情の所在や死生観について妻と話したことは一度もないが、10年以上一緒に生活しているとそうした思想を垣間見る機会はときたまある。詳細をここに書くつもりはないけれど、妻は死を自然科学的な現象として受け止め、それにまつわる感情についてはまた別のものとして切り離す。死ぬときは死ぬんやから、といった態度をとり、死に愛情の差異は示さない。だからといって、泣かないというわけではない。さくらももこの死を惜しみつつも「メルヘン翁」を思い出してまた笑う妻の姿を見ていると、愛情や死について考えることが〝必ずしも愛情や死について考えているとはいえない〟んじゃないかとさえおもえる。祖父の死にフォーカスが合っていない「メルヘン翁」は、いわば死の周辺をとりまく風景の素描であり、そのキャンバスのなかにぼくら読者も含まれている。

WEBメディアで小説を公開することについて/小説『娘のトースト(狩野ワカ)』書評

 妻の高校時代の友人が、卒業して何年か経ったのち自身がゲイであることを仲間に告白したという。そのとき妻らは、「は?」といった。そしてこう続けた。「なにをいまさら。高校のときからしっとったで」

 いわゆるLGBTについて、良くも悪くも非常に多く見かけるようになった。「悪くも」についてはいうまでもなく杉田水脈や小川榮太郎の発言をめぐるものであり、ぼくとしても可能な限り触れたくはない。
 しかし一連の騒動について、LGBTという概念やそうしたひとたちに特化した問題というわけではないとぼくはおもう。ひとの感情やアイデンティティと政治というシステムというものは、はたしてどの次元まで同列に語ることができ、また語られるべきなのだろうか。最大公約数的な選択により圧殺されるマイノリティの声はかならず存在し、またぼくらがマイノリティだとおもっている集団のなかにもマジョリティがあり、マイノリティがある。そうした何重にも折り重なる構造をなしているのが社会だ。その複雑さを思い知るたびに、ぼくはみずからのことばに懐疑的にならざるをえない。

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育児系WEBメディア「コノビー」で連載していたライター・狩野ワカの『娘のトースト』という小説は、我が子の同性愛を主題とした物語だ。語り手の母・庸子は不慮の事故で早くに夫を亡くし、女手一つで娘の唯を育ててきた。母娘のあいだではささいなことでも隠し事をせず「正直に」話すことがルールとなっているが、庸子はたまたま唯が同級生の女の子にむけて書いたラブレターを発見し、娘の秘密を垣間見てしまう。そのことをきっかけに生じたコミュニケーションの不具合とその修繕、母娘の次のステージともいえる関係性への発展に向かっていくという筋書きだ。

conobie.jp

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あこがれの「受賞のことば」〜エメーリャエンコ・モロゾフに学んだこと

小説を書いていて文学賞に応募したことがあるひとなら、きっといちばん書きたい文章は「受賞のことば」なんじゃないか、とおもう。ぼくはそうだ。ちょっとそれっぽい、エッセイというにはみじかめの気の利いた文章をサクッと書いてみたい。そんなもんはブログでやれって話なのだけど、「受賞」という注目をあびながら読まれる「気の利いたみじかい文章」なんて、どんな作家でも人生にそんなにたくさんあることじゃないとおもう。

友人である町屋良平さんの受賞のことばは受賞作「青が破れる」とはうってかわっての硬派な読書家系文章でゴリっといったし、樋口恭介さんは笠井康平さん(現いぬのせなか座メンバー)をはじめとする友人たち感謝をした。受賞の知らせを受けた日、奇しくも町屋さんや笠井さん、ロシア文学者の澤雪さん、エメーリャエンコ・モロゾフの翻訳者のひとりである吉澤さんとごはんを食べる約束をしていた(樋口さんは急遽欠席することになった)。ぼくはかれらや、かれらだけじゃない多くの友人への小粋な文章でも……とおもったのだが、なんと「受賞のことば」ではなくインタビューだという!口下手なぼくとしては、ちょっとまってくれー!とおもった。というか、夢にまでみた「受賞のことば」は、どうやらぼくには書けないらしいときた。これは素朴にショックだった。
さて、その日の会食ではあやしげな文学談義に花を咲かせていたわけであるが、なかでも印象深かったのは吉澤さんから聞く伝説の無国籍多言語作家エメーリャエンコ・モロゾフの逸話だった。ぼくや町屋さんはもともとモロゾフの名前すらうっすらきいたことがある程度で読んだことはなく、澤雪さんはいくつかの短編を東欧文学として読んだことがあるといった。吉澤さんの後輩である笠井さんは学生時代になかば無理矢理読まされたとモロゾフと聞いただけで二日酔いみたいな表情になり、そのとなりで吉澤さんは悪い笑顔を浮かべていた。お酒をあまり飲めないぼくにペースを合わせてくれているのか、吉澤さんはサングリアを飲みながら、
「モロゾフを訳し始めてから干支がひとまわりするくらいになる」
といった。
なぜ、いつ、どこでモロゾフを知ったのかは、それこそ飲みすぎた次の日みたいに憶えていないそうなのだが、ある日突然かれはモロゾフを知っていたという。エメーリャエンコ・モロゾフの最高傑作である『カッサンドラ・ニーハオ』の初読はすでに終えていて、手元にはないがこの世のどこかにあるその小説を翻訳せねばならないという使命感があった。
「人生で2度とない読書だった」吉澤さんはいった。「だからぼくはですね、初読を失うために翻訳するんです」
そのときだけ一瞬真顔になった吉澤さんだったけれど、それからはまた何を考えているかわからない悪人のそれとしかいいようがない笑顔を浮かべながら、「エロ自撮りツイートでフォロワーを獲得しまくる裏垢女子がたまたまバズったのをきっかけにエロ自撮りをやめてエモいツイートや独善的なセックス理論を断言調で語るキャラになるモノマネ」など披露してくれて、ぼくらの5億年分くらいの笑い声を絞りとっていった。

ぼくがエメーリャエンコ・モロゾフの翻訳をはじめたのはこの日がきっかけだ。そしていまぼくの手元にあるはずの小説はこんな一文ではじまっている。

「文盲とは、例に漏れることなく権威主義者である」(エメーリャエンコ・モロゾフ,『文盲』)

今回、阿波しらさぎ文学賞の第1回受賞者としての名誉を受けたことは身に余る光栄だ。しかし、モロゾフが実作で、あるいは「書く」という「読書」で証明した、文学は国境なき地平のかなたの王国なき大陸に「それそのものとして」存在しているのだという事実を忘れてはならない。このことを覚えている限りはモロゾフを技術的に訳せないとしても、せめてじぶんの小説くらいは書き続けようとおもう。いや、そうすべきなのだ。

 

遠い世界からことばが届くまで──澤西祐典『文字の消息』

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 2011311日、東日本大震災が発生した瞬間、ぼくは淡路島の実家にいた。バラエティ番組の再放送を家族と見ていて、その上部に震災速報が映し出された。実家は阪神大震災のときに震源のほぼ真上にあったのもあり両親や祖母は地震には敏感で、震度やマグニチュードのことをとても心配した。Twitter上でさまざまな情報や感嘆符と同義のことばがTLにあふれ、それからまもなく番組はとつぜん臨時ニュースに切り替わったと記憶している。そこからのことはよくおぼえていないけれど、それから何日ものあいだ、さまざまなテレビ局が東北の地に押し寄せる津波の映像を何度も放送した。

 澤西祐典『文字の消息』はこの時期に書かれた小説だと、心斎橋アセンスで行われた翻訳者・木村榮一とのトークイベントで作者から語られた。震災という非常時に限ったことではないけれど、TwitterをはじめとするSNSはもうその当時はあたりまえのものになっていて、ネット上では瞬間的な情報や感情が脊髄反射的に不特定多数へと発信される。こうした物質的な質感をともなう情報や、よりソフトでどろっとした感情などは「文字」という形態をとり、非常に早くやりとりされることが多くのひとにとっての「あたりまえ」となっているけれど、作者はそうしたものに対する「違和感」を感じていた、とイベントで語った。

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