カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

2018.10 昨年刊行した電子書籍短篇集『コロニアルタイム(惑星と口笛ブックス)』第39回日本SF大賞にご推薦いただきました。

2018.10 短編小説『誘い笑い』を文学ムック『たべるのがおそいvol.6(書肆侃侃房)』に寄稿しました。

2018.8 掌編小説「青は藍より藍より青」第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞しました。

美容室をやめて理髪店にいったこと

きょうは三ヶ月ぶりくらいに髪の毛を切りにいったのだけれども、いつもいっている美容室にいく経済力を失ってしまっていたから、950円の理髪店にいかざるをえなかった。美容室の担当のお兄さんは気さくで、多すぎる毛量とくせ毛の処理についてのアドバイスを丁寧にしてくれて、いつも気に入った髪型にしてくれるし、面白いくて意味のないお話をたくさんしてくれてすきだった。けれどもおしゃべりなのは実はそんなにすきじゃなかった。あと、嫁と同じ美容室だったから、家族の話がなんとなく会話の節々から立ち上がってしまうのも微妙だった。

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長い思春期の終わり

ぼくはもともとおしゃれさんでもなければおしゃれ太郎でもなくおしゃれ泥棒でもないけれど、そういえば理髪店なんて十数年いってなかった。美容室、というなんとないおしゃれ感にいままでぼくはお金を払っていただけかもしれない。だからぼくは理髪店の敷居をまたぐことで長い思春期に終わりをおもった。

でも万が一、いや千が一、百が一、十が一、ぼくの希望にそぐわない髪型にされたらどうしようという不安はやっぱりあったし、それまでぼくの髪の毛を切ってくれていた美容師のお兄ちゃんはとても丁寧に顧客カルテを作って、ぼくがいつどれだけ髪を切り、何に注意しなければならないかを知り尽くしていた。理髪券を買って、椅子に座ると還暦くらいのおじさんが

「どうすんねん」

といった。

そこでぼくはすかさず、こんな感じで、とiPhoneで髪の毛のイメージを見せた。いまはやりのツーブロックだった。実はツーブロックはぼくの髪の毛の特徴を考慮した上で一番すっきり見せることができるものだと教えてくれたのはいつもの美容師さんだった。ぼく自身、かれの提案には満足したし、向こう数年はこの髪型でいいかな、とおもっていた。ぼくの後ろに立つ還暦くらいのおじさんはiPhoneを2秒だけ見て、

「刈り上げていいんやな」

といった。

「はい」

といった。というかいわされた。おじさんはハサミを持って、2度空中でちょきちょきさせてから、ぼくの髪にさわった。

と思いきやハサミをバリカンに持ち替えて、そこからザクザクいった。すごいスピードだった。ぼくはここ十数年のあいだに、これほどぼくの髪の毛をぞんざいに扱われたことなど一度もなかった。たくさんの髪の毛が空気抵抗を受けながら重力と釣り合って等速運動となって床に落ちていった。

還暦くらいのおじさんの快進撃はその後も止まらず、顔剃りでぼくの顔面の皮膚をめくったり、頭皮に強い刺激を与えるトニックシャンプーで殴るように洗髪したりした。

着座してから腰をあげるまで、おそらくいつもの半分の時間だっただろう。

それは散髪としかいいようのない散髪だった。そのくらい、熟練の技によってなされる散髪をぼくは味わったのだ。

鏡を見て、ぼくはまるでお刺身定食を注文したのにラーメンを出されたみたいに驚いた。

ぼくの髪型は、中学の野球部を引退した先輩のそれだった。しかし若さを失ったぼくの姿は、セカンドバックを脇に抱えて街を闊歩する量産型おっさんのそれだった。