カプリスのかたちをしたアラベスク

このブログはフィクションです。詳しくはプロフィール参照。

【最近のできごと】

2018.8 掌編小説「青は藍より藍より青」第一回阿波しらさぎ文学賞を受賞しました。

2017.6 文学ムック「たべるのがおそい」の編集などを手がける西崎憲主宰の電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」より
ぼくの初の単著となる短編集「コロニアルタイム」が発売されました。

日常に埋め込まれた「微エロ」の波紋──マンガ『彼女のやりかた(田所コウ)』

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  じぶんから苦手なことを選んでやっていたのだけれども、とにかく会社員の頃というのはもうそれはそれは仕事が嫌で嫌で、その嫌さにどうやったら耐えられるかを毎日考えていたものだった。営業をしていたのだけれど、お客さんの多くを好きになれなかった。すぐに値切ろうとしてくるババアや、営業とはなんぞやを語りたがる経営者、保身のことしか考えない管理職などがとても多かった。会社員をするまで社会のひとびとというのはすくなくともじぶんよりは有能だとおもっていて、それゆえにずっと恐怖していたところもあったけれどこうした出会いが多いと幻滅することも多く、いかに社会がテキトーに回っているのかという一面を知った。そんなもんだよ、と大学時代の同期はいった。めんどうくさいときなんて、ちょっと怒られたらそれですむなんてことばっかりだから。

 いかに心を鈍磨させるかということが、ながく会社員を続けるための処世術というのはあながち嘘ではない。

 これには反論も多くあるのはいうまでもなく、ぼく自身だってそうだと認めたくない。フリーランスとして文章を仕事にするようになって、とにかくお金の問題がしんどかった。安定して収入をもらえるわけではない、というか、来月から収入がゼロです!なんてことはいつでも(いまでも!)ありえるわけで、文章書きとして生きていくためにはきちんと成果を出さなくちゃいけない。いまの仕事は好きだ。この仕事をながくするためには常にさまざまな問題に神経を張り巡らせなくちゃいけなくて、鈍磨した心で停滞した思考をさらすわけにはいかない。書く原稿のひとつひとつで、ぼくの今後がどうしようもなく変わってしまう、あるいは決定づけられてしまうことだってありえる。その緊張感はとてもしんどいので、適度に気楽な文章を書きたい。このブログはできるだけそういう場所でありたい。

 会社員のときのことに話を戻す。
 基本的に職場のひとは良い人が多かった。ただ、小さな会社だったせいか、誰と誰がどうのこうので、どういう政治力学があって、とかそういう噂話は聞いてもないのに耳にしょっちゅう入ってきて、それがとても嫌だった。営業会社みたいなものだったので、みんながみんな「腹の探り合い」のようなコミュニケーションが前提になっていたり、業界全体の競争が激化していたこともあり営業目標も年々理不尽に上がり続けたのも、職場環境を作る「システム」の噂話や不満をみんなにしゃべらせていたのかもしれない。
 そういえば最後に所属していた部署の上司とは性格的に合わなかった。もちろん悪いひとじゃなかった(腕っ節の強いあんちゃんみたいなひとだった)。上司は部署内の複数のチームを抱えていて、売上数字の詰めが強かった。仕事としてそうなのはわかるけれど、どう考えても達成は非現実的だとわかっていても「目標を追う姿勢を見せろ」という根性を要求してきた。それもまだわかる(なぜなら「営業は達成するのが仕事」だから)。そうこうするうちにチームの数字をどうするかのメンバー各人の戦略のとりまとめや新人指導などがなぜかぼく(平社員)に集中した。自分が達成しても周りが達成しなかったら詰められ、KPIがだんだん厳しくなった。

 仕事だから仕方ないとぼくはおもってやっていたけれど、このストレスをどうにかして吐き出したい衝動があった。なのでぼくはミーティングの時とかで、

「いかに上司を呼び捨てで呼ぶか?」

 という遊びを始めた。営業報告や販売戦略の話をするときに「たとえ話」を巧みに用いることで、自然な流れで上司を呼び捨てにできるタイミングが生まれることのぼくは気づいた。大発見だった。この技術を駆使してぼくは1時間余りのミーティングで「何回上司を呼び捨てにできるか?」トライアルをはじめた。1ヶ月、2ヶ月が経ち、3ヶ月目でついに10回の大台を超えた。次の目標を15回に設定して果敢にもトライしてみたところ、

「まちゃひこ、お前最近なんかカラミが強すぎへん?」

 とクレームが出て、ぼくの挑戦はここで終わった。

ライフハック指南書としての漫画『彼女のやり方』

 さて今回紹介するマンガ『彼女のやり方(田所コウ)』は、上記のようなぼくのエピソードを10編集めた短編集だ。

  ただ、この記事のタイトルで述べたように退屈でだるい生活を、このマンガのヒロインたちは「性的な羞恥」によりスリリングにかえる。

 ぼくが好きなのは2つ目のエピソードだ。
 ヒロインは食品メーカーの勤務の渡辺さん(27歳)で、彼女の会社のちかくでは大きな騒音をともなう工事がされている。よくあることだが、退屈な会議というのはとにかく眠い。渡辺さんは書記を担当しているが、その退屈さと眠気を打破するために、工事の騒音でときおりひとの声がかき消されることに目をつけた。そして彼女は、

「騒音に紛れて自分で思いついたAVのタイトルを声に出す」

 という遊びを発明する。

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 この遊びを発明したからといって、そこからなにかドラマチックな物語が発生するかといえばそういうことはない。なかにはちょっとした物語が用意されている話もあるけれど、基本的に収録されている短編はどれも「日常をバカバカしい発想によりスリリングにする」 という着想のみが素朴に描かれている。ぼくがこのマンガを好きなのはここで、「ただそうである」ということだけのおもしろさだけを高い純度で作品にしている。
 この他にも「エロ本を買ってきて、そのなかの見開きひとつを自分のヌード写真(撮影・加工も自分で行う)に差し替えて河原に放置する」というエピソードが好きだ。創作として考えてみても、語り口次第ではどうにでも発展できそうな着想だけど決して深くは立ち入らない。とてもあっさりと描かれているからこそ、ただ「エロ本を買ってきて、そのなかの見開きひとつを自分のヌード写真(撮影・加工も自分で行う)に差し替えて河原に放置する」がもたらす生活へのわずかな波紋が鮮明に読後感にあらわれる。

 全体的に性的な話題が多い「微エロ」な作品なのだけれど、下品さはほとんどなく、むしろユーモラスに描かれているので上品ささえ感じるので女性にもオススメ。「ライフハック大好きマン」はぜひに……!(というわけで今日はここまで!)