カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

2018.10 昨年刊行した電子書籍短篇集『コロニアルタイム(惑星と口笛ブックス)』第39回日本SF大賞にご推薦いただきました。

2018.10 短編小説『誘い笑い』を文学ムック『たべるのがおそいvol.6(書肆侃侃房)』に寄稿しました。

2018.8 掌編小説「青は藍より藍より青」第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞しました。

あこがれの「受賞のことば」〜エメーリャエンコ・モロゾフに学んだこと

小説を書いていて文学賞に応募したことがあるひとなら、きっといちばん書きたい文章は「受賞のことば」なんじゃないか、とおもう。ぼくはそうだ。ちょっとそれっぽい、エッセイというにはみじかめの気の利いた文章をサクッと書いてみたい。そんなもんはブログでやれって話なのだけど、「受賞」という注目をあびながら読まれる「気の利いたみじかい文章」なんて、どんな作家でも人生にそんなにたくさんあることじゃないとおもう。

友人である町屋良平さんの受賞のことばは受賞作「青が破れる」とはうってかわっての硬派な読書家系文章でゴリっといったし、樋口恭介さんは笠井康平さん(現いぬのせなか座メンバー)をはじめとする友人たち感謝をした。受賞の知らせを受けた日、奇しくも町屋さんや笠井さん、ロシア文学者の澤雪さん、エメーリャエンコ・モロゾフの翻訳者のひとりである吉澤さんとごはんを食べる約束をしていた(樋口さんは急遽欠席することになった)。ぼくはかれらや、かれらだけじゃない多くの友人への小粋な文章でも……とおもったのだが、なんと「受賞のことば」ではなくインタビューだという!口下手なぼくとしては、ちょっとまってくれー!とおもった。というか、夢にまでみた「受賞のことば」は、どうやらぼくには書けないらしいときた。これは素朴にショックだった。
さて、その日の会食ではあやしげな文学談義に花を咲かせていたわけであるが、なかでも印象深かったのは吉澤さんから聞く伝説の無国籍多言語作家エメーリャエンコ・モロゾフの逸話だった。ぼくや町屋さんはもともとモロゾフの名前すらうっすらきいたことがある程度で読んだことはなく、澤雪さんはいくつかの短編を東欧文学として読んだことがあるといった。吉澤さんの後輩である笠井さんは学生時代になかば無理矢理読まされたとモロゾフと聞いただけで二日酔いみたいな表情になり、そのとなりで吉澤さんは悪い笑顔を浮かべていた。お酒をあまり飲めないぼくにペースを合わせてくれているのか、吉澤さんはサングリアを飲みながら、
「モロゾフを訳し始めてから干支がひとまわりするくらいになる」
といった。
なぜ、いつ、どこでモロゾフを知ったのかは、それこそ飲みすぎた次の日みたいに憶えていないそうなのだが、ある日突然かれはモロゾフを知っていたという。エメーリャエンコ・モロゾフの最高傑作である『カッサンドラ・ニーハオ』の初読はすでに終えていて、手元にはないがこの世のどこかにあるその小説を翻訳せねばならないという使命感があった。
「人生で2度とない読書だった」吉澤さんはいった。「だからぼくはですね、初読を失うために翻訳するんです」
そのときだけ一瞬真顔になった吉澤さんだったけれど、それからはまた何を考えているかわからない悪人のそれとしかいいようがない笑顔を浮かべながら、「エロ自撮りツイートでフォロワーを獲得しまくる裏垢女子がたまたまバズったのをきっかけにエロ自撮りをやめてエモいツイートや独善的なセックス理論を断言調で語るキャラになるモノマネ」など披露してくれて、ぼくらの5億年分くらいの笑い声を絞りとっていった。

ぼくがエメーリャエンコ・モロゾフの翻訳をはじめたのはこの日がきっかけだ。そしていまぼくの手元にあるはずの小説はこんな一文ではじまっている。

「文盲とは、例に漏れることなく権威主義者である」(エメーリャエンコ・モロゾフ,『文盲』)

今回、阿波しらさぎ文学賞の第1回受賞者としての名誉を受けたことは身に余る光栄だ。しかし、モロゾフが実作で、あるいは「書く」という「読書」で証明した、文学は国境なき地平のかなたの王国なき大陸に「それそのものとして」存在しているのだという事実を忘れてはならない。このことを覚えている限りはモロゾフを技術的に訳せないとしても、せめてじぶんの小説くらいは書き続けようとおもう。いや、そうすべきなのだ。