カプリスのかたちをしたアラベスク

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【最近のできごと】

2018.10 昨年刊行した電子書籍短篇集『コロニアルタイム(惑星と口笛ブックス)』第39回日本SF大賞にご推薦いただきました。

2018.10 短編小説『誘い笑い』を文学ムック『たべるのがおそいvol.6(書肆侃侃房)』に寄稿しました。

2018.8 掌編小説「青は藍より藍より青」第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞しました。

柴崎友香『公園へ行かないか? 火曜日に』書評/今年はこれを読めたらかもう問題ない。

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 先日、ピッツバーグで銃乱射事件が起こり、11人の犠牲者が出た。テレビのニュースでそれを知った。ユダヤ教礼拝所に男がやってきて発砲し、拘束時にはユダヤ人排斥の罵倒を繰り返していたと報じられていた。2012年の春から夏にかけての5ヶ月間、ぼくはこのピッツバーグという街で暮らしていた。
 博士課程2年生のとき、さまざまな幸運が重なって運良く研究留学でこの地を訪れたぼくは、カーネギーメロン大学というところに籍を置かせてもらっていた。全身のカーネギー工科大学はポップアートの巨匠であるアンディ・ウォーフォルの出身校で、科学と芸術についての評価が世界的に高く、世界各地から人種も国籍もさまざまなひとが集まっている──などという説明はあまりにも定型的すぎるが、こじんまりとした大学の雰囲気と学生の多さ、全米でも当時「住みやすい街ランキング」のトップ5にランクインしていた穏やかなこの街は、京都に似たものを感じていた。住むことになった短期滞在者向けのシェアハウスは「Squirrel Hill(リスの丘)」という地域にあり、じっさいに毎日徒歩で30分くらいかけて大学まで通う道中によくリスと遭遇した。山の斜面を切り開いたような野球場くらいの広い芝生の土地で中年の男性がよくゴルフの練習をしていて、リスはその脇をちょろちょろと逃げ隠れるように走っていた。茂みから茂みへと飛び移るように、いつもリスはすばやかった。
 5ヶ月は短かった。行くまえからその短さを理解していたつもりではいたけれど、街に住み慣れ、ボスや同僚ともようやく会話らしい会話ができつつようになってきた段階での帰国だったので、帰国するころになって一層にその短さを思い知らされた。その短い期間においても住んだ土地に対して「愛着」は芽生えるもので、11人の死者を出したこの事件の報せには動揺した。かつて住んでいた街、その地を去ってもその場所がちゃんと存在しているんだというあたりまえの事実を、こうしたかたちで自覚する心地を、ことばとして書き留めておくのはむずかしい。
 柴崎友香『公園へ行かないか?火曜日に』はそのむずかしさをあざやかに描き出した作品だ。

 

 

 本書は著者がInternational Writing ProgramIWP)に参加し、アイオワ大学に滞在していたときの体験をもとにして綴られたエッセイ集であり、短編集だ。プログラムに参加しながら過ごす日常を通して、言語や国籍、歴史、いま現在起こっているできごとの奥深くへとゆっくり下っていくように文章が続いていく。これまでの柴崎友香作品で焦点を当てられてきた「都市」「時間」「記憶」「忘却」「言葉」といった問題が、虚構を挟まずしてダイレクトに思考され、そして過去や現在と、遠く離れた土地を結びつけるものとして、スマートフォンやグーグルマップス、SNSが頻出するするのも、彼女が書く世界をより立体的かつ広域なものへと拡張する機能を十全に果たしている。特にアメリカ大統領選の日を描いた「ニューヨーク、二〇一六年十一月」と、第二次世界大戦と著者の父の死をめぐる「ニューオリンズの幽霊たち」では、軽やかな筆致とは対照的な重厚さを持ち、読み終えた読者のことばを完全に封じてしまうほどだ。

 いろいろ書きたいことがあったのだけれど、もうそういう気分でなくなってしまった。ただただこの本に圧倒されてしまい、この本を読んだという記録だけ、ここにひとまず残しておく。